【REVIEW】『私は何度も私になる』映画評|虚実ないまぜの旅(古厩智之)

子連れの女優ムーンがリゾート地にやってくる。宮本武蔵の話をする中年男は映画監督。「ホン・サンスみたいな映画を撮るの?」と訊くムーン。監督は「いや娯楽だ。アジア版ボーン・アイデンティティだ」と答えて、彼女をフィリピン武術の道場に連れて行く。数ヶ月後の撮影に備えて始まる特訓の日々…。

ここまで見てもどんな映画かさっぱりわからない。フィリピン武術は本格的。ムーンがホントに武術を極める娯楽映画…?

そんなとき特訓中に息子がいなくなった報せ。よし!これで娯楽かアートかハッキリするぞ!「犯人を追うバトル」の娯楽か、「息子を喪失する」アートか。だいたい娯楽映画が劇中でベルリン映画祭の常連映像詩人ホン・サンスの名前なんて出すわけない。ぜったい息子を失うアートだぞ、と思ったら息子は近所の売店でニコニコ…。なんともない。再び始まるムーンの超本格的カンフー特訓…。

なんだったんだー!となりつつも私もいつのまにかこの映画の不思議なリズムに巻き込まれていった。

監督とムーンが話すうちにふたりはかつて恋人同士だったことがわかる。「私の目的はたくさんいる元恋人たち全員と友人になること」と話すムーン。そんな映画はやっぱアートだよ!と思ったけれど、次のシーンからはまた武術の特訓。敵の棒を受け止め、首をしめたりして彼女もかなり強くなっている。どう見たらいいのか(笑)。

かつてムーンは俳優と結婚した。今は離婚してひとりで息子の「宇宙」を育てている。ところがなんと、大嫌いになってしまったその俳優が今度のアクション映画で相手役を演じることになった。断固拒否のムーン。監督がつぶやく。「ムーンは彼をまだ愛している…」おお三角関係!これは完全にアート映画だな!と思ったら、次のシーンでムーンは武術の高弟たち4人をゴボウ抜きで倒す!すごく強くなってる(笑)! やっぱこれどう見ていったらいいの?

三角関係の話は全く進展せず、その元夫も現れず、冒頭から50分が過ぎた。そしたら子どもが手慣れた犯罪集団に誘拐された!来た!本題!リーアム・ニーソンの『96時間』だったのか、この映画。実際、そこから超アクション展開が始まったし。ムーンは男たちを追いかけてこん棒で殴りかかるし!やー長かった!しかしワクワクしてきたぞ。もう早く娯楽って言ってよ!

その後ムーンは記憶喪失になったり(あれなんか変…)、親しくなった男が髪を染めたり切ったりしてくれたり(映画の中ではだいたい恋愛の合図!)、「俺が刺される可能性は低いな」なんて死亡フラグを立てたその親切な男は死んだりして、ドラマチックでどうなるのこの映画?と思ってたら、ふいにその男は死んでなくて血は血糊で映画の撮影現場だったことがわかる。えー!どこから映画だったの?現場にはムーンもいるぞ。そうか、ムーンが主役のアクション映画か、これ。だから記憶喪失とか言ってたの?メタ構造だった?

やがて映画か現実かもわからない中、ムーンは「老師」を尋ねる旅に出て、海や山を歩き回って…。「クランクアップ!」の声が響いてやっぱり映画だったとわかって、登場した監督が愛惜を込めてスタッフたちが歩き回る現場を見つめる…。そこにはムーンの姿はなくて、もしかしてムーンや息子や俳優たちも実在しない?全ては監督の夢だったのかも?なんて思ってしまった。そして映画を振り返ると、行き先も決めずにウロウロした若々しい旅をしたような心地よい興奮に満ちた酩酊感だった…。

アートか娯楽かの迷い道で不思議な旅をしてしまったのがなぜかというと、もともとは監督の彼女、タン・チュイムイがロッテルダム国際映画祭のグランプリ(タイガーアワード)受賞者だと知っていたからだ。私ごとで恐縮だが、私も彼女の5年前に同賞を受賞して、映画祭のことはよくわかっている。ロッテルダムは構成がしっかりして物語性も高いが本質的にはアートなフィルムが受賞することが多い。アートと言ってもカンヌのような「芸術!」ではなくて、「観客の心に引っ掻き傷を残す」といったところか。人生の傷を描くドラマ性の高い作品が多いように思える。

映画冒頭で韓国のアートフィルムの名匠ホン・サンス(やはりロッテルダムで受賞している)の名前が出たのも「これはアートだぞ」との確信を強くさせた。

なのにほんとに『ボーン・アイデンティティ』ばりのハードアクションと、心を引っ掻きそうなドラマのカケラが交互に散りばめられるから、けっきょく「どっち?どうなるの?」と目を見開きつづけることになり、映画の寄せて引く大波にまんまと乗せられてしまった。

ラスト近く。撮影が終わったばかりの現場を見つめる監督、その視線で映画は終わりに向かう。この映画を撮ったタン・チュイムイ監督は「映画を撮るって虚も実もないまぜになった愉快な旅なんだよ」と言ってるようにも思えた。

映画作りそのものみたいな106分。人生のようで、ホラ話のようで、だけど真実の苦味も、甘い砂糖のような夢もあって、それこそが映画!と彼女は言ってるようだった。

(古厩智之 / 映画監督)*パンフレットより