【REVIEW】『私は何度も私になる』映画評|「タン・チュイムイの新境地」(暉峻創三)

「マレーシア映画新潮」とも呼ばれるマレーシア映画のニューウェイブが世界的に注目されるようになったのは、2000年代半ばのことだ。なかでも長編監督デビュー作『愛は一切に勝つ』(06)で釜山、ロッテルダムなど名だたる国際映画祭において受賞を果たしたタン・チュイムイは、この新しい波の旗手として早くから嘱目されていた。しかし2010年に『夏のない年』を撮って以降、長編映画の監督としてその名を聞くことはすっかり途絶えてしまう。そんな彼女が10年超の時をおいて久々に手がけた新作が、『私は何度も私になる』(21)だ。

 本作の成立には、香港国際映画祭が企画した「B2B」という連作映画製作プロジェクトが関係している。アジア各国で新しい波を率い、名声を確立した監督たちに、もう一度原点に返って自由に新作を作ってもらおうとのコンセプトで企画されたもの。「B2B」は「バック・トゥー・ベーシック」を意味する。既に日本でも公開された石井裕也監督、仲野太賀主演の『生きちゃった』(20)、ブリランテ・メンドーサ監督の『FEAST 狂宴』(22)なども、このプロジェクトから生み出されたものだ。

 しかし本作に関して言えば、原点に返るというより、約10年の沈黙の時を経てたどり着いた監督の新境地、スケールアップ感の方が圧倒的に印象に残る。製作当時40数歳だった監督は、その間、38歳にして初めての子供をもうけ、41歳にして武術を習い始めたという。そのかけがえのない人生の経験が映画にダイレクトに反映しているのを、誰もが認めるだろう。監督自身が、出産・離婚を経て復帰を請われた有名女優という主人公を演じている点でも、新境地を感じさせる。本人とも多分に重なるこの役を、他者に委ねるのではなく、自分自身で演じている事実に、「原点に返る」というコンセプトは反映させられているのかもれない。

 作中のピート・テオ演ずる映画監督は、ホン・サンスのような新作を作るのかと思いきや、『ボーン・アイデンティティー』(02)のようなアクション映画を作るのだと説明し、ヒロインを驚かせる。その驚きは、そのままタン・チュイムイ映画に親しんできた者たちがこの新作を見て受ける驚きでもある。どちらかというとオルタナティブなアート系映画を作ってきた監督。それが今回は、作品そのものがまぎれもないアクション映画仕立てになっているからだ。

 アクション映画とは、人の身体、とりわけ強くあろうとする身体への徹底した関心と信任にほかならないことが、作品を通じて見えてくる。だから監督は、その鍛錬の時間をじっくり丁寧に見せた。その志向は、直後に彼女が監督したミュウミュウ製作の短編シリーズ、「女性たちの物語」の第27弾『I AM THE BEAUTY OF YOUR BEAUTY, I AM THE FEAR OF YOUR FEAR』(24)にも受け継がれている。敵か味方かはどうでもよい。勝つか負けるかもどうでもよい。ただひたすら身体そのものの力によって動いていく映画。それがタン・チュイムイの作りたかったものであり、彼女が到達したアクション映画の定義でもある。

(暉峻創三 / 大阪アジアン映画祭プログラミング・ディレクター)*パンフレットより