製作総指揮 出町光識 Interview
出町 光識(でまち みつのり)
1968年、東京都生まれ。1989年、日本映画学校(現・日本映画大学)演出科卒業。映画制作の現場を経験したのち、陶芸家・美術家として活動。40代で再び映画の世界へ戻り、2016年に日本映画大学理論専攻を卒業。
国内外のインディーズ映画を中心に、『横須賀綺譚』『宇宙の彼方より』『Kfc 食人連鎖』などの配給・宣伝に携わる。近年は配給だけでなく製作にも活動を広げ、『皆殺しに手を貸せ』では日本語版製作を担当。現在は、松田彰監督『朧の華火』の製作総指揮を務め、2027年の完成に向けて制作を進めている。
( Chapter 01 )
後悔ほど、恐ろしいものはない。
──Cinemagoはこれまで、多くの作品を「配給する側」として映画館へ送り出してきました。今回、他人の映画を選んで届けるだけではなく、自分たちで一本の長編映画を製作しようと考えたのはなぜでしょうか。
出町光識(以下、出町):映画配給をしていると、自主制作でつくられた映画には、監督自身の思いが少し強すぎるな、と感じることがあります。もちろん、自分の大切な作品にお金と時間を投じたのですから、その気持ちは理解できます。
でも、「もう少し引いたところから、自分の作品を客観視できないかな」と思うこともあるんです。
以前、ボクが陶芸家として作家活動をしていた頃、最初に作品を売り込みに行ったのが、銀座にあった「ギャラリー飛鳥」という画廊でした。そこのオーナーの永田さんから、「自分が良くできたと思う作品から手放せ。また、それ以上のものをつくればいい」と言われたんです。
大切なものだからこそ、手放す。他人に託す。その言葉は、今でもボクの中で揺るがないものになっています。
だから、歯に衣を着せずに言えば、自主映画の監督と、作品そのものから離れた拘りについて延々議論するくらいなら、自分でプロデューサーをやって、自分たちで映画をつくった方がいい。それが正直な答えです。
──松田監督は、「ホラー映画というテーマで、誰にでも分かりやすいキービジュアルを持った映画を撮ってみたら?」と言われたことが、この作品の出発点だったと話しています。なぜ、その条件を提示したのでしょうか。
出町:映画というのは、予算や条件が無限に自由であれば、良い作品ができるというわけではないと思っています。これは映画だけではなく、ほかのアート作品でも同じです。
制約された不自由さがあるからこそ、アイデアを出して、その壁をどう突破するのかという遊び心が生まれる。子どもの頃に誰もがしたであろう空想や、ごっこ遊びだって、現実に制約があるからこそ、むじゃきに夢を広げることができたんじゃないでしょうか。
どんな生活や日常を過ごしていても、心まで貧しくなってはいけないような気がします。
多くの映画監督が、最初から贅沢な予算を持っていたわけではありません。低予算のホラー映画から出てきた監督も多い。ジャンル映画というカテゴリーは、アイデア勝負です。
例えば、スティーブン・スピルバーグやジョン・ランディス、ジョージ・ミラーたちも、同じ時代を生きながら、それぞれ制約のある中で才能をぶつけていた。
そこまで大げさな精神ではないですけど(笑)、何かそういう衝動みたいなものを、松田彰監督とぶつけてみたかったんです。
──数ある監督の中で、なぜ松田彰監督だったのでしょうか。
出町:若い頃は、創作に対する趣味嗜好の違いから、喧嘩ばかりしていました。もう相手が鬱陶しくて(笑)。ぶつかり合うような激論ばかりしていたんです。腐れ縁ですよ。
でも、これまでの人生で、松田くんと一緒に映画をつくることをやり残したまま、ボクは死ぬのか。そう思ったら、「じゃあ、何のために映画で生きてきたんだろう」と思ってしまったんです。これは、あまりよろしくないボクの癖なんですけどね(笑)。
それで、「ホラー映画なら海外へ持っていける。今の自分には、配給をやってきたことで、そのための土台がある」と考えました。
だったら、低予算だからといって画面まで貧しく見える映画にはしたくない。インディーズ映画でも、半径5メートルの中だけで完結するのではなく、ちゃんとエンターテインメントとして外へ開いていく映画をやろうじゃないか、と。そう松田くんに声をかけました。
もちろん、成功する確証なんて、まるでありません。でも、キャラクターたちが生き生きと画面の中を闊歩するような映画を、松田監督に撮ってほしかった。いや、そうじゃないと死ねないと思ったんです。
よっぽど現実の方が、死に直面するような怖いホラー要素に満ちていますよ。後悔ほど恐ろしいものはないですから(笑)。
( Chapter 02 )
映画は、手の中で姿を変える。
──製作総指揮として、監督の創作にどこまで入るのか。逆に、どこから先は監督に任せるのか。その境界をどう考えていますか。
出町:脚本にも、美術にも、衣装にも、メイクにも、配役にも、ボクからかなり口を出しました。松田監督が無理をせず、小さくまとまろうとする。そういう、これまでの自主映画の癖みたいなものは、意識的に打破したかったんです。
だから、そこについてはいろいろ提案しました。ただし、撮影現場での演出に口を出したことはありません。そこは監督の領分です。演出をするまでの段階で、「ああでもない、こうでもない」と、若い頃と同じように、ずいぶんぶつかり合いましたけどね(笑)。
──企画段階で頭の中にあった『朧の華火』と、撮影を終え、編集が進んでいる現在の『朧の華火』では、何か変化しましたか。
出町:たぶん、あまり変わっていない気がします。もちろん、予算がないことで、思ったようにできなかったことはたくさんあります。でも、ボクは編集や音響の仕上げこそ、映画が立ち上がる一番の起点だと思っているんです。
現場で十分な撮れ高がなかった素材を、どう編集でつないでいくか。そこに、どう音を入れていくか。それによって、脚本や撮影現場では見ることのできなかった世界をつくることができる。ボクはそう信じています。
正直、「もっと編集で映画になったんじゃないかな」と思う作品って、けっこうあるんです。高校生の頃、8ミリフィルムで映画をつくっていたとき、撮影したショットをつなぐことで、ただの素材だったものが、手の中で映画という姿に変わっていく感覚がありました。
あの感覚がある限り、ボクにとって映画は、触覚的な手作りなんです。デジタルになった今でも、それは変わりません。編集や音響によって、素材の中に眠っている無数の映画の形を探すことができる。ボクは、そういう手探りが好きなんですよ。
( Chapter 03 )
生身の人間が、生きた時間を残す。
──福室莉音さん、米村真理さんをはじめ、俳優が実際に役を生き始めてから、脚本や企画書では見えていなかったものはありましたか。
出町:福室莉音さんは、考える俳優です。一つの場面に対して、いくつもの演技の答えを持っている。その引き出しは、脚本に書かれていることだけではないんです。
撮影現場を通じて福室さん自身が成長していく、その在り方がとてもユニークだったように思います。そういう意味で、すごく興味深かったですね。
一方、米村真理さんは、感覚的な感性で勝負するタイプだと思います。彼女の場合は、撮影した映像を後でラッシュで見ると、「ただただ愛おしいな」と思わせる不可思議さが、画に出ているんです。
これは、どちらが良いという話ではありません。全く違うタイプの二人をダブル主演にして良かったと思っています。
その二人がどう共鳴するのか。そこは、この映画で一番見てほしいところの一つかもしれません。
ほかのキャストさんも同じです。低予算で、しかも極寒の冬の茨城という、劣悪ともいえる環境の中で、キャストの皆さんは、それぞれ何かを映像にしっかり残してくれたと思っています。
劇映画だからといって、脚本に書かれたことだけが映画ではないんです。同じ時代を生き、同じ場所に一時期身を置き、自分ではない何者かを演じた俳優。その一人ひとりの時間そのものが、映画の中に残っていく。
だから、生身の俳優がそこで生きた時間を、観客の皆さんに見てほしい。脚本は、あくまで図面のようなものです。最後に映画になるのは、人間です。「人間が人間を見る行為」こそ、実写映画の極致だとボクは思っています。
──松田監督はインタビューで「今回は、無理をした」と話しています。製作総指揮の立場から見て、最も無理をしたと感じるのは何でしょうか。
出町:まずは、貧乏ですから予算確保ですね(笑)。今なお、ボクと松田監督で、生活を切り詰めながら資金を追加しています。
無理くりやる力については、悔しいけど松田くんの方が持っています。ボクは贅沢好きですからね。彼には「映画しかない」という狂気があります。こっちはアマちゃんだから、ケツを叩かれ、蹴られながら踏ん張っていますよ(笑)。
もちろん、無理をすること自体を美徳だとは思っていません。ただ、この『朧の華火』という映画は、無理をしても60%くらいの歩留まりは、いま確保できていると松田監督も編集をしながら言っています。
予算、時間、場所。いろいろな制約があって、自由を縛られた部分はあります。60歳を手前にして、年甲斐もなく無理をしました。
それでも、編集作業を見ていると、「ヘンな映画だな」と思いますよ(笑)。50代後半の、分別の利かないオジサンたちがつくっているんですから。
“無理が無理して、無理が通る”。そんな、ちょっと滑稽なものにはなっていると思います。
( Chapter 04 )
ごっこ遊びに、大義名分はいらない。
──映画を配給する側にいたときには分からず、自分たちで製作して初めて見えたことはありますか。
出町:映画配給だけをしていると、どこか疎外感があるんですよ。
映画館と制作陣の間にいる、中間搾取をする悪人のように見られている気がする(笑)。汗もかかずに、ものを動かしているだけだろう、と。実際は、そんなことはないんですけどね。
でも、映画に途中参加した転校生みたいなもので、現場からの生え抜きではない。
映画の世界には、少し村社会っぽい一体感があるので、その中に入っていない、あるいは入れてもらえていないように感じることがあります。
今回は、自分たちが製作陣ですから、それがない。まあ、これは製作して初めて分かったというより、最初から分かっていたことです。だからこそ、配給だけではなく、製作にも挑んだということなんです。
──2027年に完成し、映画館へ渡すとき、この作品をCinemagoにとってどのような一本にしたいと考えていますか。
出町:決めていないです。まだ、そういうことを決める段階でもないし、決めたくもない。
だって、ごっこ遊びですよ。50代後半のオジサンたちの、ごっこ遊び。映画に大義名分なんて、いらないです。
──最後に。まだ完成していない今だからこそ、『朧の華火』について残しておきたい言葉はありますか。
出町:ないです(笑)。好きなことをして、映画をつくっているんだから。
松田くんもボクも、貧しくても自由です。心まで誰かに囚われたくはない。映画が完成すれば、それで十分です。

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