【Work in Progress】映画『朧の華火』松田彰監督インタビュー|破綻まで、映画の味にする。

映画は、完成してから語られることが多い。けれど、一本の映画がまだ形になりきっていないとき、監督は何を考えているのだろう。現在、完成へ向けて編集作業が続く松田彰監督の『朧の華火(おぼろのはなび)』。今回は、完成した作品についてではなく、映画をつくっている「今」について聞いた。

松田彰監督 Interview

松田彰監督(まつだあきら)

1967年、大分県佐伯市生まれ。

16歳の頃、大林宣彦監督の映画を観て、「なんとなく自分にも映画をつくれそうだ」と思ったことから、映画制作に興味を持つ。日本映画学校在学中より自主映画を制作し、その後、同校を中退。

1997年、『餓鬼の季節』でPFFアワード審査員特別賞を受賞。以降、2004年『夢の祭』、2006年『お散歩』、2011年『異し日にて』など、自主制作を中心に国内外の映画祭で作品を発表。

現在は、2024年より企画を温めてきた『コドク』(後に『朧の華火』へ改題)を制作中。

( Chapter 01 )

問題に、少しずつにじり寄る。

──松田監督が映画をつくろうと思った原点から聞かせてください。

松田彰監督(以下、松田監督):映画制作をしたいと思ったのは16歳のときです。「なんとなく自分にもできそうだ」と、身の程知らずにも思ってしまったのが始まりでした。

実際につくり始めてみると、もちろん壁はいくつもありました。でも、その壁に少しずつにじり寄っていくと、なんとなく答えが見えてくる。そうやって一つひとつ乗り越えて、出来上がったものが少し映画っぽく見えると、悦に入る。その繰り返しでした。

何か大きな信念があって続けてきたというより、結局はその都度、目の前にある問題ににじり寄り続けてきたのだと思います。

──その頃、繰り返し観ていた映画や、映画以外で影響を受けたものはありますか。

松田監督:子どもの頃に何度も観たのは、テレビ放送を録画した『ゴッドファーザー』(1972年)、『未知との遭遇』(1977年)、『さびしんぼう』(1985年)です。

当時は今ほど映画が身近にあふれている時代ではなかったので、録画した映画を、しゃぶり尽くすように何度も観ていました。

『ゴッドファーザー』は、わかりやすい話なのに観るたびに発見があって、何より映像が格好いい。「どうだ、映画ってすごいだろう」と、映画そのものに分からされたような感覚だったのかもしれません。

『未知との遭遇』は、初めて「得体の知れないもの」を生々しく、しかも誤魔化さずに見せてくれた映画でした。自分にとってスピルバーグは、「初体験」をくれる監督です。

そして、『さびしんぼう』の大林宣彦監督。大林さんの映画には、「お前らも、いっちょ映画やってみない?」と、こちらをそそのかしてくるようなところがある。ある意味、とても悪い監督です(笑)。

そそのかされて映画をつくり始めた人間のほとんどは、たぶん痛い目に遭います。自分もそうでした。

映画以外では、小説、漫画、アニメです。大分県佐伯市で育ったので、子どもの頃にはまだ貸本屋が残っていました。一冊3日で30円。棚の端から端まで、とにかく何でも読んでいました。今でも文庫本が手元にないと落ち着きません。

普段は出不精で、引きこもり。基本的には省エネルギーです。人と会うと張り切りすぎて、よく空回りします(笑)。

( Chapter 02 )

「ホラー映画を撮ってみたら?」から始まった。

──『朧の華火』は、どのように始まったのでしょうか。

松田監督:あるとき、「ホラー映画というテーマで、誰にでもわかりやすいキービジュアルを持った映画を撮ってみたら?」と言われたんです。さて、どうしたものかと悩んで、考えて、そこから書き始めたのが『朧の華火』です。

もともと、その時々にある条件を踏まえて、そこから一本の映画を構想するということを繰り返してきました。

今回も、「ホラー」と「わかりやすいキービジュアル」という二つの条件を渡されて、「だったら自分なら何をつくるだろう」と考えたところから始まっています。

日常生活の中で、スピリチュアルな意味で「怖い」と感じるものがほとんどない自分が、それでも自分なりのホラー映画をつくるとしたら何になるのか。

『朧の華火』は、そんなところから始めた映画です。ただ、つくっていくうちに、ホラーだけでは収まらなくなりました。

──主人公と松田監督自身には、重なる部分がありますか。

具体的なエピソードや心情という意味では、主人公と自分が重なっているとは思っていません。広い意味で言えば、自分がつくる以上、どんな作品にも何かしらの「自分」は投影されているのでしょう。

ただ、「自分」の原型をそのまま投影したような映画は、あまり見せたくないし、自分でも見たくないなあ、と思います。

( Chapter 03 )

予定通りにいかなかったものも、映画に残る。

──今回の撮影現場について、いま振り返ってどんな印象がありますか。

松田監督:いつも通り、とにかく必死でした。今回も変わらず、身体を動かす方で必死でした。

それ以外については、大きな波に飲まれながら、なんとか沈まないようにもがいていた、という感覚に近いです。

現場では、予定通りにいかないことが次々に起こります。

それを一つずつどうにかしているうちに、当初考えていたものとは少し違う何かが映画の中に残っていく。たぶん、その痕跡も含めて今回の映画なのだと思います。

( Chapter 04 )

今回は、無理をした。

──インディーズで映画をつくり続ける中で、大切にしてきたことはありますか。

松田監督:以前からよく、「お前の映画は、企画書や台本の段階ではわからない」と言われてきました。特に資金を集めようとするときには、それが大きな壁になりました。

自分としては、決して小難しいテーマや物語をつくっているつもりはないのですが、それならばと、自己資金でできる範疇で映画制作を続けてきました。

そうしているうちに、いつからか、「無理をしないことが、映画を成立させる」と考えるようになりました。こちらも、いつまでも疲れ知らずの年齢ではありませんし、いろんな意味で生活を破綻させられません。

ただ、今回は無理をしました(笑)。撮影に入る前から、きっといつも以上にいろいろな破綻が生まれるだろうと予想していました。

だったら、その破綻まで作品の中に取り込めるような「映画の味」を最初から想像しておこう。今回は、そんなことを考えながら現場に挑んでいました。

──制作途中の現在、『朧の華火』をどんな映画だと感じていますか。

「ホラー映画」と銘打ちながら、好きなものをあれもこれもと詰め込んだ、おもちゃ箱のような映画になっています。

怖がってもらってもいいし、笑ってもらってもいいし、「これは一体何だったんだ」と思ってもらってもいい。

まずは、そのおもちゃ箱を開けるような気持ちで観てもらえたら嬉しいです。

松田彰監督の映画『朧の華火』は、2027年の完成を目指し、鋭意制作中です!