映画『博士の綺奏曲』ニコ・マンサーノ監督インタビュー|困難の中で、偶然が映画になる。

ニコ・マンサーノ監督 Interview

ニコ・マンサーノ(Nico Manzano)

1986年、ベネズエラ・カラカス生まれ。スペイン・バルセロナでストップモーション・アニメーションや映画撮影を学び、ミュージックビデオやコマーシャルの監督として映像制作のキャリアを重ねる。

長編監督デビュー作『博士の綺奏曲』は、タリン・ブラックナイト映画祭2021のコンペティション部門でワールドプレミア上映。2023年にはロカルノ国際映画祭「Open Doors」に選出された。

また同作は、Cinema Tropicalが選ぶ「2021年のラテンアメリカ映画」の一本として高く評価された。

( Chapter 01 )

デモとハイパーインフレの中で、映画を撮る。

──『博士の綺奏曲』の脚本は2016年に完成し、2017年に撮影されたそうですね。当時のベネズエラは、深刻な経済危機のさなかにありました。映画制作にはどのような影響がありましたか。

ニコ・マンサーノ監督(以下、ニコ監督):本当に大変な時期でした。プリプロダクション、つまり撮影前の準備を進めていた頃には、街で大規模なデモが続いていました。

制作の進捗を確認するため、朝5時に集まって打ち合わせをし、それが終わったら一度帰宅して、朝7時からデモに参加する。そんな毎日でした。

さらに事態を難しくしたのが、ハイパーインフレです。私たちが制作予算として確保していたベネズエラの通貨、ボリバルの価値が、日を追うごとに下がっていきました。

撮影期間が延びれば延びるほど、同じ予算で買えるものが減っていく。映画制作そのものが、経済状況との競争のようになっていました。

( Chapter 02 )

足りないものが、映画の色をつくった。

──そうした経済状況は、作品の美術や衣装にも影響しましたか。

ニコ監督:
はい。この映画には、明るい黄色が印象的に使われています。もともと衣装監督のルシア・ダオが、ベネズエラの生地店「エル・カスティージョ」で、作品のイメージに合う黄色の生地を選んでいました。

ところが当時は、自国通貨の価値が急速に下がっていて、ドルなどの外貨に換えなければ、必要なものを思うように買えない状況でした。結局、当初予定していたものとは違う、より彩度の高い黄色の生地を使って衣装を作ることになりました。

そして撮影後、ポストプロダクションで色味を調整していった結果、あの映画独特の黄色が生まれたんです。最初から狙っていたわけではありません。すべては、困難な状況の中で生まれた偶発的な創造でした。

( Chapter 03 )

音楽には、顔がなくてもいい。

──本作に登場する「ビースト」は、野生的でありながら、どこか彫像のようにも見えます。あの存在は何を象徴しているのでしょうか。

ニコ監督:そうですね。見方によっては、修道女のようにも見えるかもしれません。

私たちは「ビースト」を通して、太陽の光や、そよ風、自然、そして音楽が持つ流動的なしなやかさを、視覚的に表現したいと考えていました。

そのために、さまざまなイメージを出し合いながらコンセプトを作っていきました。大切にしたのは、彼らに「顔」を持たせないことです。

そして、あまり具体的な身体性を感じさせない存在にしたかった。音楽も同じですよね。

音楽というものは、本来、決まった外見を持たない抽象的な芸術です。そこで「動物のようでありながら、顔がない」というアイデアを、少し遊び心を持って形にしました。

現在のポップミュージックでは、音楽が歌い手の美しい顔や、ダンスといった身体的なイメージと強く結びついています。でも私は、音楽の本質はもっと抽象的なものであり、外見よりもはるかに大きなものだと思っています。


( Chapter 04 )

ローカルな現実から、普遍的な物語へ。

──『博士の綺奏曲』は、アルゼンチンやエストニアをはじめ、さまざまな国の映画祭で上映されました。ベネズエラやラテンアメリカ特有の社会状況を描いた部分もありますが、より広い地域の観客からも共感を得られましたか。

ニコ監督:この映画には、いくつもの層があります。タマネギのように、多層的な構造になっているんです。物語の中心にあるのは、かなり普遍的なテーマです。

自分が本当に情熱を注ぎたいことがある。でも、それだけでは生活できないから、日中は別の仕事をしなければならない。自分のやりたいことにすべての時間を使うことはできない。これは、世界の多くの人が共感できる話だと思います。

その一方で、ベネズエラやラテンアメリカの人でなければ、すぐには理解しにくい部分もあります。

たとえば主人公が外貨両替でドルを手に入れようとする場面があります。当時は政府の規制があり、作中でも通貨の名前を直接口にすることができない。

ラテンアメリカの国々では、似た経験をしている人も多いので、そこに含まれるジョークや皮肉を理解してもらえます。でも、その細かな背景を知らなくても、主人公が抱えている葛藤そのものは伝わると思っています。

『博士の綺奏曲』は、国内外でとても好意的に受け止めてもらいました。私たちは、それを本当に誇りに思っています。