【REVIEW 04】『還り花』映画評|すべてはいつか自然へと還っていく(谷川裕美子)

物語の舞台は、「神の小さな楽園」と呼ばれるフィリピンのボホール島。神に限りなく近い美しい地で綴られるファンタジードラマだ。

はじめにボホール島が撮影地として選ばれ、その後、この地で何が撮りたいのかを模索していったと三室力也監督は語る。

美しいボホール島から自然に生まれ出た作品、といえるだろう。

非現実的なことが起きても、まったく不思議ではない。ボホール島はそう思わせる強い説得力を持っている。

島の雄大な自然と、ちっぽけな人間の緊密な関係。その中に存在する、はっきりと目に映るつながりと、決して目には見えないつながり。その両方が丁寧に描かれる。

主人公の一樹は、母と共に小さな和食店を営む料理人だ。優しく穏やかな性格で、周囲への温かな心遣いを忘れない。

彼は自然の恵みへの感謝を捧げてから仕事に取りかかる。客の前でも、食材に頭を垂れるまっすぐな性格だ。

店を訪れたさらは、彼のそんな姿を見て心惹かれるようになる。

さらは、まるで自然に溶け込んでいるかのような透明感のある女性だ。いつも静かに美しい微笑みをたたえている。

すべてを見守っているかのような姿は神秘的で謎めいており、それでいて、どこかいつも寂しげだ。

さらの希望で、二人はボホール島を訪れる。どこまでも透明な海、美しく雄大な森、光あふれる広い空。

そこはまさに楽園だった。

大きく開けた美しい大自然の映像に、ただ圧倒される。観る者の心までも解放し、癒やしてくれる素晴らしい絶景だ。

素朴な船で川を進みながら楽しむ料理。迎えてくれる温かな現地の人々。色鮮やかな南国のフルーツ。ああ、訪れてみたい、と嘆息せずにはいられない。

しかし、その豊かで幸せな時間は一変する。さらが突然姿を消してしまうのだ。

やがて彼女に、隠された真実があったことが明かされる。

半狂乱になってさらの行方を追う一樹。彼の表情から穏やかさは消え去り、大切なものを決して手放さないという強い意志が燃え上がる。

消えたさらの行方と共に、本作の大きな見どころの一つが、自然と人間との関係性の変化だ。

最初は恋人たちを温かく迎え入れてくれた美しい自然が、さらの失踪を境に、まったく違う表情で立ちはだかる。

美しかった森は、愛する女性を飲み込んで押し隠す、恐ろしい存在に変わってしまった。

あまりにも壮大すぎる島の大自然。どうやってさらを探し出せばよいかわからないまま、一樹は森を彷徨い続ける。

深い森は、彼自身の精神世界をも映し出している。彼が迷い込んだのは、大自然の森であると同時に、彼の心の奥底でもあった。

とても重要な場所として登場するのが、約400年前に建てられたバクライヨン教会だ。長い年月を経て自然と同化したかのようなその場所で、さらは最後に目撃された後、姿を消す。

教会は、大自然と人間をつなぐ架け橋のような存在だ。あるいは、自然に生きる精霊と人間が交錯する地点とでもいうべきだろうか。

一樹もまた、教会と似た役割を担う存在だったと思えてならない。

雄大な自然に還っていったさら。彼女を見つけ出し、抱きしめることを切望していた一樹は、やがて思いもよらなかった彼女の真実を知る。深い痛みと共に。

華やかな観光地のすぐそばに、寄り添うかのように残る手つかずの自然。その距離の近さに人間はつい油断しがちだが、自然は圧倒的に人間を凌駕する。

人間が自然を手懐けられる日は、決して来ない。

私たちは皆、最期はその自然へと還っていく。早い遅いはあっても、自然の悠久の営みにおいては大した違いはない。

さらを失ったからこそ、真実を知ったからこそ、一樹はさらとの新たな関係を築いていくこととなる。

愛するさらの記憶は、壮大な自然に溶け合って、一樹を温かく見つめ続けるだろう。

そしていつか、彼自身も自然へ還っていくのだ。

本作の生みの親である飯塚欣司プロデューサーは、体に不自由を抱えながらも不屈の精神で仕事を続け、不可能への挑戦という思いで映画制作に踏み出したという。

そのエネルギーを映画に向けたのは、人の心を動かす力を持つ映画という表現に、強く惹かれたからだろう。

精神的な糧こそが、苦しみを乗り越えるうえで大きな力となることを知る氏ならではの選択だったと思わされる。

「挫折という種は、映画という花に還る。」

このコピーは、飯塚氏の人生を映し出した言葉でもあるのかもしれない。

自然へと還り、花咲かせるさら。いつかは自然へと還っていく私たち。そして、苦難を映画として花開かせた飯塚氏。

「還る」という言葉が幾重にも重なって、心に深く染み込んでいく。

その思いを深くくみ取った三室監督は、「人間」と「自然」を両輪として描き出した。

その中間に存在するかのような、さら、バクライヨン教会、一樹、森に一人で暮らす精霊のような男の存在も浮き彫りとなる。

それでも、いつかはすべて自然へと還っていき、一つになる。

救いと新たな希望が瞬くかのような余韻を、ぜひ味わっていただきたい。

(谷川裕美子/映画ライター)

映画『還り花』は2026年12月5日(土)より池袋シネマ・ロサで劇場公開!

Written by

谷川裕美子

東京近郊在住。Webライターとしてエンタメ分野の記事を専門に執筆したのち、知人からの推薦をきっかけに、2018年より映画情報サイト「Cinemarche」で映画記事の執筆を始める。

以降、試写会や映画館で数多くの作品に触れながら、鑑賞した映画について継続的に執筆。現在は映画を中心に、作品の魅力や登場人物、物語の背景などを自身の視点から読み解き、映画記事として言葉にしている。

映画館で作品と出会い、そのとき感じたこと、考えたことを記録するように書き続けている。