ビルグーン・チュルーンドルジ監督 Interview
ビルグーン・チュルーンドルジ(Bilguun Chuluundorj)
2013年にアメリカ・ハワイへ渡り、CBS制作ドラマ『HAWAII FIVE-O』シーズン3に撮影スタッフとして参加。2014年には職業訓練プログラムの一環として、米国シカゴのキャデラック・パレス・シアター、ブロードウェイ・プレイハウスで演出を学ぶ。
2016年以降、複数のドキュメンタリー映画や日本・韓国合作作品の制作に参加。2020年、『Berkh Shagai(原題)』で長編劇映画監督デビュー。2024年に『獄舎Z』を発表し、現在は同作のシリーズ続編企画を進めている。
( Chapter 01 )
自然を支配せず、自然の中で映画を撮る。
──モンゴル映画と聞いて、まず思い浮かべるもののひとつが、中央アジアの広大な草原や豊かな自然です。ビルグーン監督は環境に配慮した映画制作を意識されているそうですが、その考えは『獄舎Z』にどのように取り入れられたのでしょうか。
ビルグーン・チュルーンドルジ監督(以下、ビルグーン監督):モンゴル人は古くから、自然と故郷を愛し、敬いながら暮らしてきました。『獄舎Z』では、「母なる自然」「地球との適切な関係」、そして「軍隊から得られる教訓」といったテーマを取り上げています。
映画を制作するうえでも、自然や木々を不必要に傷つけないこと、人間と自然それぞれの領分を尊重することを前提にしました。
モンゴルに根付く民族的な精神を大切にしながら、環境への影響をできる限り抑えた映画制作を心がけました。
──そうした自然環境への配慮をしながら撮影する中で、最も困難だったことは何でしょうか。
ビルグーン監督:冬の撮影は、摂氏マイナス40度にもなる環境で行いました。私たち制作陣にとって、非常に厳しい条件でした。
しかも、その環境の中で、モンゴル映画にとってこれまでほとんど例のなかったゾンビホラーというジャンルに挑戦したのです。
撮影前の準備段階では、極寒の森でのロケーション撮影に備え、徹底したリサーチと計算を重ねました。それでも実際の現場では、さらに大きな忍耐力や、緻密な作業、高いプロフェッショナリズムが求められました。
カメラや照明機材が凍結して動かなくなることもありましたし、俳優たちも身体が凍えるほどの寒さに耐えなければなりませんでした。通常の撮影であれば可能な、2回、3回というリテイクをする余裕すらない場面もあります。
そうしたリスクを事前に想定し、十分に準備していたからこそ、約3か月にわたる屋外撮影を最後までやり遂げることができました。
そして何より、俳優やスタッフが撮影前からその厳しさを理解し、覚悟を持って現場に入ってくれたことが大きかった。そこは、私たちモンゴルの映画人の強みだと思っています。
( Chapter 02 )
マイナス40度。リテイクのできない撮影現場。
──雪原という極限の環境の中で、俳優にはどのような演出をしましたか。
ビルグーン監督:今回出演した俳優たちは、柔軟な身体の動きや高度なジャンプ、格闘技など、観客を純粋に楽しませる身体的な技術を持っていました。アクロバット的な動きにも長けた俳優たちです。
そのうえで、演技についてはサンフォード・マイズナーが考案したメソッドも取り入れました。自分の内側だけで感情を作るのではなく、相手との関係性の中から反応や動きを生み出していく。
そうした方法と俳優たちが持つ身体能力が組み合わさることで、よりダイナミックな演技になったと思っています。
──極寒というロケーションそのものも、登場人物たちに大きな影響を与えていますか。
ビルグーン監督:もちろんです。モンゴルの厳しい寒さが、登場人物たちを極限の状況へ追い込んでいきます。
極寒の森の中を、たった一人で逃げる。それだけでも非常に危険な行為です。それでも彼らは行動しなければならない。その選択によって、物語そのものがさらに困難な方向へ進んでいきます。
脚本では、それぞれの人物が精神的に追い詰められ、崩れそうになりながらも、その状況をどう自分の強さへと変えていくのかを描きました。
予測できない状況の中で、どうすれば団結し、共に戦うことができるのか。挫折と成功を繰り返しながら、困難に直面したときに初めて現れる人間の強さ。そうした普遍的な部分を、それぞれのキャラクターに込めています。
( Chapter 03 )
極限の環境が、人間の本性を引き出す。
──ビルグーン監督には、少年更生施設で勤務された経験があるそうですね。本作の舞台となる監獄に収容された若者たちは、その経験から生まれたのでしょうか。
ビルグーン監督:少年更生施設での勤務経験が、本作のキャラクター造形に影響を与えたことは確かです。
例えば、敵役として登場するタイルダスという人物には、実在の人物をモデルにした部分があります。そして、もうひとつ重要なのが、この映画の社会的な設定です。
本作では、旧社会主義社会に存在したステレオタイプを、あえて物語の中に取り入れています。
それをそのまま肯定するのではなく、少し時代遅れにも見える価値観をあえて登場させることで、現在の社会に問いかけたいと考えました。
18歳から20歳くらいの若者が、経験不足から過ちを犯した。だからといって、すぐに重大な犯罪者として扱い、刑務所へ送るべきなのでしょうか。
それとも、もう一度やり直す機会を与えるべきなのか。比較的軽い刑罰の中で社会復帰を促し、人権を尊重しながら更生を支援するという道もあるのではないか。
若い世代に「第二のチャンス」を与えること。それは、この映画を作るうえで非常に重要なテーマでした。
( Chapter 04 )
ゾンビ映画で、「第二のチャンス」を描く。
──そうした社会的なテーマを、あえてゾンビ映画というジャンルにしたところにも、『獄舎Z』ならではの意図があるのでしょうか。
ビルグーン監督:ゾンビは、いまや世界的に知られているホラー映画の代表的なキャラクターのひとつです。私は、凶暴なゾンビが突然発生するという非常事態と、モンゴルという土地を組み合わせたらどうなるのかに興味を持ちました。
厳しい自然環境の中で暮らしてきたモンゴル人の考え方や行動は、ゾンビという存在に直面したとき、どんな形で現れるのだろう。広大な草原や極寒の環境で暮らす人々は、いったいどうやってゾンビから生き延びるのか。そこに、モンゴルならではのゾンビ映画を作れる可能性を感じました。
日常的に野生動物や家畜と接しているモンゴル人は、もしかするとゾンビに対しても、ほかの地域の人々とは少し違った反応をするのではないか。そんな仮説も立てました。
モンゴルは人口が少なく、地域によっては多くの人がお互いに顔見知りです。そういう社会で、知っている誰かがゾンビになったとしたら、すぐに倒すことができるでしょうか。もしかすると、まず治療しようとするかもしれない。
そこにも、モンゴルという土地や民族の特徴が表れるのではないかと思っています。
『獄舎Z』は、モンゴルで初めて作られたゾンビ映画です。「雪原のゾンビ」という題材を通して、モンゴルだからこそ描けるものを、観客のみなさんに問いかけたいと思っています。


