Demachi Notes 003|バッタさんのURAKATA

新しい仕事を始めると、新しい人に出会う。

これは、まあ、
当たり前のことである。

ところが都内で、
懐かしい虫に出会うとは思わなかった。

建物管理の仕事、
「URAKATA」を始めて間もないある日。

作業をしていると、一匹のバッタがいた。

バッタさんである。

どうして「さん」をつけるのかは、
自分でもよくわからない。

けれど、仕事場で出会った以上、
同業者みたいなものである。

こちらが草を刈れば、向こうは跳ぶ。
こちらが掃除をすれば、向こうは逃げる。

そして、少し離れたところから、
またこちらを見ている。

なかなか仕事熱心である。

映画の仕事をしていると、
どうしても人は、
表に見えるものばかり気にする。

スクリーンに映る、
俳優、美術、衣装、小道具。

興行となれば、
中心には監督がいて、
ポスターがあり、舞台挨拶がある。

けれど一本の映画が上映されるまでには、
名前も顔も出ない、
たくさんの仕事がある。

建物だって同じだ。

人が気持ちよく暮らしている場所には、
誰かが草を刈り、誰かが掃除をし、
誰かが壊れたところを直し、
誰かがゴミを片づけている。

誰からも見られていなくても、
それをやる人がいるのだ。

だから、
場所は場所であり続ける。

そして、場所を整えることは、
防犯対策のひとつにもなる。

これが「裏方」なのだ。

そう思って、
ふとバッタさんを見る。

彼もまた、
誰にも褒められもせず、
誰にも請求書を出さず、

草の陰で、
自分の仕事をしている。

もっとも、
何の仕事をしているのかは、
よくわからない。

ボクとは違う、
バッタさんだから。

けれど最近、
わからないものを、

すぐ役に立つか、
立たないかだけで、

考えなくてもいい気がしている。

映画もそうだ。
詩もそうだ。
プロレスもそうだ。

そして、
バッタさんも、たぶんそうである。

世の中には、
表舞台に立つ者と、
その舞台を支える者がいる。

けれど、
どちらが偉いという話ではない。

表から見れば「裏」でも、
そこにいる者にとっては、
そこが自分の「表」なのだ。

映画の裏方。
建物の裏方。
会社の裏方。
人生の裏方。

ボクはこれまで、
映画という四角いスクリーンの中を、

どのようにカメラで切り取るか。

そればかりを見てきた。

けれど歳を重ねて、
スクリーンの外にも、

案外おもしろいものが、
たくさんあることを知った。

そのひとつが、

URAKATAという仕事を
始めたことなのだ。

まだ小さな仕事である。

草を刈る。
掃除をする。
誰かの暮らす場所を整える。

決して派手な仕事ではない。

それでも、
誰かが気づかないところで、
誰かの一日を支えている。

そう考えると、

裏方というのも、
なかなか悪くない。

ふと、
世阿弥の『風姿花伝』を思い出す。

能には、シテがいて、
それを受けるワキがいる。

歳を重ねたボクは、

ワキというのも、
なかなか良いもんだ。

そう思うようになった。

そんな妄想をしながら作業を終え、
もう一度バッタさんを見ると、

すでに姿はなかった。

仕事が終わったのだろうか。

それとも、
こちらの働きぶりに呆れて、
どこかへ帰ったのだろうか。

わからない。

ただ翌日も、
ボクはURAKATAの仕事へ行く。

バッタさんも、

どこかの草むらへ
出勤しているはずである。

たぶん。

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MITSUNORI DEMACHI
株式会社ゆかし 代表取締役