【PRODUCTION NOTE】ある映画、その後。|なぜ、劇場という荒野を目指すのか?】

ある映画の編集を、しばらく一緒にやっている。

何度も観た。

話した。

切った。

つないだ。

また観た。

だいぶ短くなった。

テンポも変わった。

最初に観たときより、
この映画が何を見せたいのかも、ずいぶん分かるようになった。

そして、また、長くなって……

しまった……。

それでも、まだ完成ではない。

音を仕上げる。

色を仕上げる。

……細かな編集も、実はまだある。

映画は撮影が終わっても、なかなか終わらない。

むしろ、撮り終わってからのほうが長い映画もある。

この一本も、たぶんそうだ。

今朝、監督にメールで、いくつか質問を書いた。

その中に、こんなものを入れた。

「なぜ、自主映画を作るだけではなく、劇場で公開したいのですか」

少し、意地悪な質問かもしれない。

映画は、完成させるだけでも大変なのだ。

脚本を書く。

お金を集める。

人を集める。

撮る。

編集する。

それだけで、充分なことをやっている。

自主映画なら、なおさらだ。

自分が見たいものが、完成した。

映画祭へ出した。

おちた。

おちた。

おちた……。

関係者には、YouTubeの限定公開で観てもらった。

それでも映画は映画である。

では、なぜ、ゴールは「劇場」なのだろう。

映画館で公開するとなると、また別の仕事が始まる。

上映してくれる映画館を探す。

宣伝する。

人に知ってもらう。

観客に映画館まで来てもらう。

そして、チケットを買ってもらう。

「映画を作りたい」と、

「映画を劇場で公開したい」は、

似ているようで、
少し違う気がしている。

だから、聞いてみたかった。

なぜ、そこまでして劇場なのか。

もちろん、これは試験ではない。

正解もない。

「映画館が好きだから」でもいい。

「大きなスクリーンで観てほしい」でもいい。

「自分の映画が映画館にかかるところを見たい」でもいい。

もっと個人的な理由でもいいと思う。

ただ、

その理由を監督自身が一度、
言葉にしておくことは大切な気がした。

これから映画を完成させるためにも。

その先で、誰かに届けるためにも。

ボク自身は配給をしているから、
作られた映画を見ると、ついその先を考える。

誰が観るのだろう。

どこの映画館なら似合うだろう。

どんな言葉で紹介すればいいだろう。

そして、

この映画を映画館まで伴走する理由は何だろう。

作った理由ではなく、

届けたい理由。

そこには、
少し違う答えがあるのかもしれない。

だから今日は、ここまで。

映画はまだ作っている途中だ。

たぶん、

こういう問いに答えることも、
ポストプロダクション作業の一つなのだと思う。

映画を編集で直すだけではない。

自分が何を作ったのか。

なぜ、それを人に観てもらいたいのか。

そこまで考えて、

ようやく映画は外へ向き始める。

さて。

どんな答えが返ってくるのだろうか。

To Be Continued…

Written by

出町 光識

ライター編集者/プロデューサー・ディストリビューター
1968年 東京文京区に生まれ。日本映画学校 第一期生として卒業。
一度は撮影スタジオで助監督として働くも挫折。その後、震災にあったことを機に、ふたたび映画の道へ戻ることを決意。40代半ばにして、日本映画大学に編入学を果たし、映画理論を学びほぐす。卒業後には映画Web媒体でライター兼、編集長を経た後、映画配給を始める。現在は株式会社ゆかし代表となり、『朧の華火』『恋の遠隔操作』では製作を担当。
趣味は休日のプロレス観戦、仙女の推し活をしている。