映画『キラークイーン』シリーズ 髙橋佑輔監督インタビュー|この二人だから撮りたい。

髙橋佑輔監督 Interview

髙橋 祐輔(たかはし ゆうすけ)

映画監督。映画制作プロダクション「メタルマスター・フィルムズ」主宰。『白獣』で日本芸術センター「第13回映像グランプリ」グランプリを受賞。短編『キラークイーン/BEGINS』から始まる『キラークイーン』シリーズを手掛け、監督・脚本のほか、撮影、編集、VFX、特殊造形なども担う。SF、特撮、スプラッターと青春映画を横断しながら、インディーズならではの方法で独自のジャンル映画を作り続けている。

( Chapter 01 )

80〜90年代のSF映画が、自分の原点だった。

——そもそも、髙橋監督はなぜ映画をつくる人になったのでしょうか。北海道で育った頃のこと、映画に惹かれたきっかけ、現在の映画づくりにつながっている原点を教えてください。

髙橋佑輔(以下、髙橋):幼少期から映画が好きで、主にハリウッドの80〜90年代のSF映画を観て育ちました。

学生の頃から映像制作には興味があり、ビデオカメラ(miniDV)を使って“動画制作”はしていました。ただ、具体的な“作り方”が分からず、その時点では映画を制作するところまでは至っていませんでした。

地元を離れ、大学在学中にたまたま脚本を学ぶ授業を受けたことがきっかけで、「自分でも書けるかもしれない」と思い、10分ほどの短編を制作してみたんです。

初めて作った短編は、思うようにいかないことだらけでした。それでも毎回、「次はここを改善しよう」といくつか課題を見つけながら、少しずつ映画制作を覚えていきました。それが現在まで続いています。

中でも、2020年に撮影した『白獣』は大きなターニングポイントでした。この作品があったからこそ、その後の『キラークイーン』シリーズも制作できたと考えています。

──『白獣』のようなシリアスなサバイバル作品を撮った監督が、なぜ“女子高生の腕から触手が生える”『キラークイーン』を始めたのでしょうか。最初の短編『BEGINS』のアイデアは、どこから生まれましたか。

髙橋:『キラークイーン/BEGINS』は、ニューシネマワークショップ(以下、NCW)の実習作品として制作しました。実は『白獣』完成後、映画制作をしっかり学ぼうと考えてNCWに通っていたんです。

短編を制作しなければならなかったのですが、なかなかアイデアが浮かばない。そこで自分の原点に立ち返り、80〜90年代のSFホラーをやってみようと、触手や血が出てくる企画を考えました。

ただ、当初は主人公とその友人を男性キャラクターとして想定していました。

企画中、たまたまヒューマントラストシネマ渋谷で開催されていた『シッチェスセレクション』を全作観て、「ほとんど主役が女性だ」ということに気づいたんです。

そこで思い切って、主人公とその友人を女子高生に変えました。それが『キラークイーン/BEGINS』の始まりです。

Metalmaster Filmsでは、それまで制作した全作品の主人公が男性キャラクターでした。だからこそ、自分にとって新しい挑戦になる。その点にも惹かれて、映画にしようと決めました。

──『BEGINS』は短編として始まり、『Beyond School』、そして『Phantom School』へとシリーズ化しました。最初から続編を想定していたのでしょうか。

髙橋:“BEGINS”というタイトルの通り、最初からある程度は続編を想定していました。ただ、これには少し事情があります。

約10分で短編のストーリーをまとめることができなかったため、長編の冒頭10分を切り出すような形で制作したのが『キラークイーン/BEGINS』でした。

そのため、当初から続きの物語はある程度考えていました。ただし、本当に制作できるかどうかは別の話で、具体的には何も決まっていませんでした。

それでも「続きを撮ろう」と決めたのは、『BEGINS』の撮影日の最後のシーンです。サラハさんと愛子さんの芝居を見て、「この二人の物語の続きを、自分が観たい」と感じました。それが一番大きなきっかけです。

( Chapter 02 )

「この二人だから撮りたい」と思うようになった。

──『BEGINS』を撮影したとき、サラハさんと愛子さんを劇場のスクリーンに連れていきたいと思ったそうですね。なぜ、その二人をもっと撮りたいと思ったのでしょうか。

髙橋:二人を見ていると、物語のイメージが湧いてくるんです。

キャストからインスピレーションをもらうことも多く、タイプの違う二人だからこそ、どんな化学反応が起きるのか。それを想像しながら物語にしていくことに面白さを感じていました。

二人とも、ほとんど初めて映画に出演する状態から始まりました。それが3作目まで続く中で、少しずつ変化も見えてきました。

最初は「二人を撮ることで何が生まれるのか」に興味がありました。

でも3作品を一緒につくってきた今は、「この二人だから撮りたい」という気持ちに変わっています。

作品を重ねるたびに、こちらが想像していなかった表情や空気が生まれる。それも、二人を撮り続けたい理由の一つです。

── レイナ、アンズ、桃子という3人の女の子を描いてきました。シリーズが進む中で、当初の想定から最も変わった人物は誰でしょうか。

髙橋:最も変わったのは、アンズです。アンズはレイナの友人であり、同じ能力と悩みを抱える存在です。

当初はレイナのそばで彼女を支える役割でしたが、物語が進むにつれて、逆にレイナを守り、リードするような精神的に強い存在へと成長していきました。

最初からそうしようと決めていたわけではありません。3作品を通して二人の物語を描いていく中で、自然に生まれてきた変化でした。

──シリーズを通して、サラハさん、愛子さん、深崎さんの変化をどのように見てきましたか。

髙橋:サラハさんは、演技経験がほぼない状態から『キラークイーン』を撮り始めました。

作品を重ねる中で、レイナというキャラクターへの理解がどんどん深くなっていきました。レイナがシリーズにとってどれだけ重要な存在なのか、アンズとどういう関係にあるのか。そして触手に対してレイナ自身がどう向き合っているのか。

そういったことを、作品を重ねながら自分の中に取り込んでいったように見えます。アクションもかなり上達しました。触手を使った動きや芝居も、最初の頃と比べると非常に自然になっています。

愛子さんも同様に、アンズという人物への理解が深くなりました。特に大きいのは、サラハさんとの関係です。

お互いにレイナとアンズという人物を理解した上で芝居をするようになり、二人の関係性そのものに厚みが出てきました。愛子さんもアクションが上達し、触手をどう扱えば動きとして自然に見えるのかを、現場の中でつかんでいったように感じます。

深崎さんは、MJというキャラクターのいろいろな面を見せられるようになりました。

最初は物語の中で一つの役割を担う人物という印象が強かったのですが、シリーズが進むにつれて、自分がやらかしてしまったことへの罪悪感や、レイナやアンズに対する思いなど、MJの内面が少しずつ見えてくるようになった。

コミカルな部分だけではなく、「この人にもいろいろな感情がある」と感じられる人物になっていきました。

( Chapter 03 )

触手は、“そこに存在するもの”として撮りたかった。

──『キラークイーン』では、血糊や特殊造形といった“手でつくる特撮”とVFXの両方が重要です。実物とデジタルを、どのように使い分けていますか。

髙橋:この作品は、レイナとアンズが“触手”に悩み、それと向き合っていく物語です。だから触手については、できるだけ実物で撮影することにこだわりました。

VFXで合成するよりも、実際に“そこに存在するもの”があった方が、俳優の感情が動く。その反応が芝居にも反映されると考えたからです。

一方で、電気系のエフェクトやポータル、黒い波動といった超能力的な表現は、実物として作るのが難しい。そうした部分はVFXで実現しています。

特に触手は、実際に目の前にあることで、キャストの反応そのものが変わります。そこは、VFXだけでは作りにくい部分です。実物で撮るものと、デジタルで作るもの。その二つを分けることで、それぞれの良さを活かすことができました。

──監督・原案・製作・撮影・編集・VFXまで、ご自身で多くを担っています。自分でやらざるを得ない部分と、「人に任せず自分でやりたい」部分は、それぞれどこでしょうか。

髙橋:「自分でやらざるを得ない部分」は、撮影と編集とVFXです。映画を作り始めた頃から、いずれ大規模なSF映画を制作したいという目標がありました。

そのためには、撮影、編集、VFXを自分でもある程度できるようになっておくことが、作品を作り続ける上でも、規模やクオリティーを上げる上でも重要だと考えてきました。

一方で、「これは人に任せず自分でやりたい」という部分は、監督かもしれません。自分の世界観を最も理解しているのは、やはり自分ですから。

『Phantom School』で最も苦労したのは、作品の規模が大きくなったことでした。撮影するものも増え、VFXの作業量もそれまでとは比較にならないほど多くなりました。

自分の中にあるイメージを、一つひとつ実際の画にしていく作業は大変でした。ただ、これまで身につけてきた技術を本格的に作品の中で使えたという意味では、大きな挑戦でもありました。

( Chapter 04 )

二人の関係性が中心にある限り、『キラークイーン』でいられる。

──『Phantom School』では、触手、怨霊、異世界、そしてマルチバースまで登場します。この世界をどこまで広げても『キラークイーン』でいられるのか。その境界を監督はどう考えていますか。

髙橋:業力レイナと三河アンズの友情にフォーカスしている限り、『キラークイーン』でいられます。『Phantom School』では、二人が触手とどう向き合うのか、そして二人にとって触手とは何なのかが、かなり明確になりました。

その意味では、『キラークイーン』という物語には一つの決着がついたとも言えます。

どれだけ世界観が広がっても、最終的に描きたいのは、その世界の中でレイナとアンズがどう生き、どう向き合うのかということです。

触手も、怨霊も、異世界も、マルチバースも、二人を描くための舞台です。設定そのものがどれほど大きくなっても、二人の関係性が物語の中心にある限り、『キラークイーン』として成立します。

──最後に、髙橋監督にとって『キラークイーン』とは何でしょうか。自主映画として始まった作品が短編から長編へ、そしてシリーズへ育ちました。この先について、今考えていることを聞かせてください。

髙橋:触手は、レイナとアンズにとって、お互いの絆の象徴になりました。『キラークイーン/Phantom School』では、「どちらかを失うくらいなら、触手を受け入れて生きていく」という決断をします。

そこまで描けたことで、『キラークイーン オリジン三部作』としては、一つの完成を迎えたと考えています。ただ、この『キラークイーン』シリーズ自体は、壮大なサーガの一篇に過ぎません。

今後は、様々な能力を持つキャラクターたちが登場し、一丸となって最大の脅威に立ち向かう──そんな構想もあります。

ただ、最後まで撮影できるかどうかは分からないので、その話はまた別のところで……。