映画『ひとしずく』山下大裕監督インタビュー|小さなことの積み重ねでしか、辿り着けない場所もある。

山下大裕監督 Interview

山下 大裕(やました だいすけ)

1992年生まれ、福井県敦賀市出身。鹿児島県南大隅町在住。日本映画大学映画学部映画学科脚本演出コース1期卒業。20歳の冬に、地元・敦賀を舞台にした『SNOWGIRL』(2013年)を監督。その後、『弥生の虹』(2015年)、敦賀市観光ショートムービー『いつか、きらめきたくて。』(2017年)、オムニバス映画『#平成最後映画』(2019年)の一編「変遷」などを手がける。

2017年、次回作制作のため鹿児島県南大隅町へ移住し、地域おこし協力隊として映像による地域活動に携わる。2019年には47都道府県を巡り、200人を超える地域おこし協力隊や自治体関係者を取材。その経験をもとに脚本を執筆し、2023年に『ひとしずく』を完成させた。同作では監督・脚本・編集を務め、地域住民と俳優が入り交じる独自の映画づくりで、地域で生きる人々の姿を描いている。

( Chapter 01 )

「映像」と「お芝居」の両方に関われるのは、映画だった。

──映画監督になろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

山下大裕(以下、山下):私は映画好きで監督を目指したわけではなく、単純に子どもの頃からカメラに興味があったというのが大きいです。

妹がダンスを習っていたのですが、発表会やイベントでは自分が親の代わりに撮影を任されていて、いつかは映像に関わる仕事がしたいという思いがありました。

加えて、中学生の頃に地元の子どもミュージカルに出演する機会があり、お芝居にも興味を持つようになりました。

高校に入り将来のことを考えた時に、「映像」と「お芝居」の両方に関われるのは映画だと思い、映画監督を目指すようになりました。

──子どもの頃、最初に「映画って面白い」と強く感じた作品はありますか。今の監督の原点になっている作品も教えてください。

山下:私が最初に映画館で観た映画の記憶は、5歳の頃、GWに家族で県外へ旅行した際に観た『クレヨンしんちゃん 電撃!ブタのヒヅメ大作戦』(1998年)です。人目もはばからず爆笑していたことを覚えていました。

子どもの頃の私にとって映画は日常ではなかったので、映画館で映画を観る機会はほとんどありませんでした。

そんな数少ない映画体験の中でよく覚えているのが、小学生の頃、祖母にお願いして映画館へ連れて行ってもらって観た宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(2001年)です。子どもながらにとても感動し、観ながら涙が出ました。。

人との出会いで大きかったのは、やはり中学生の頃に参加した子どもミュージカルでお世話になった演出家の方です。

当時、学校では将来についても現実的な話をされることが多かった中で、その方だけは、夢を追う道もあるということを教えてくれました。その出会いがなければ映画監督を目指していなかったかもしれないというくらい、大きな影響を受けた人です。

──映画を撮っていないときは、どんな一日を過ごしていますか。

山下:朝は7時か8時くらいに起き、シャワーを浴び朝食を済ませ、パソコンで仕事をすることが多いです。一人で映像制作会社を経営しているので土日休みという感覚はなく、完全にオフの日はめったにありません。

ただ、毎日予定がガチガチに決まっているわけではなく、自分でスケジュールを組めるので、それほど苦には感じていません。
撮影や出張がない日は、家や事務所兼スタジオにいることが多いです。昔から花や野菜を育てることが好きで、今も庭の小さな畑で家庭菜園をしています。この時期はオクラときゅうりを育てていて、収穫したものは普段の食事で食べています。

映画監督ではありますが、映画館で映画を観ることは実はあまりありません。なぜなら、一番近い映画館まで車で2時間くらいかかるほどの田舎に住んでいるからです。

気になる作品はたくさんありますが、なかなか鑑賞が叶いません。映画監督だからといって四六時中映画に囲まれて暮らしているわけではなく、普段はかなり普通の生活をしています。

( Chapter 02 )

映画を撮るために、南大隅町へ移住した。

──『ひとしずく』は、どのようにして始まったのでしょうか。

山下:『ひとしずく』は、ある日突然「映画を撮ろう!」と思って始まった作品ではありません。私は地元の福井県敦賀市を舞台に自主映画を撮っている頃から、いつか母方の実家がある鹿児島で映画を撮りたいと思っていました。

福井で3本の作品を撮り終えた後、次の作品がそのタイミングだと直感し、2017年に鹿児島県南大隅町へ移住しました。しかし、親戚しか知り合いのいない町にいきなりやって来て映画を撮っても、良い作品はできないという思いがありました。

そこで、まずは自分自身が町のことを知り、地域の人たちと丁寧に時間をかけて関係を築くべきだと考え、南大隅町の地域おこし協力隊になりました。

実際に私自身が協力隊として活動する中で、次第に協力隊そのものにドラマがあると感じるようになりました。

第二の人生として、それまで暮らしていた場所を離れて地域に飛び込んできた人たちが、地域の人や行政と関わりながら、町をより良くしようともがき、楽しみ、泣き、笑い、頑張っている姿は映画になりうると思うようになり、今回撮る映画の題材を地域おこし協力隊にすることに決めました。

ただ、自分自身の経験や身近な協力隊仲間のエピソードだけをもとに映画を作ると、一面的なものになってしまうという危惧もありました。そこで2019年に全国47都道府県を回り、200人以上の地域おこし協力隊や自治体関係者を取材する旅を敢行しました。

旅の中で聞いたさまざまなエピソードや思いを脚本に落とし込み、コロナ禍を経て撮影し、ようやく完成したのが『ひとしずく』です。

その後はCinemagoさんや多数の協力者のお力添えをいただきながら6館で劇場公開したほか、26都道府県、100を超える会場で上映を行い、今も47都道府県上映に向けて上映活動を続けています。

もし、映画を作らなかったら?」と聞かれても、正直これ以外の道は想像がつきません。そもそも映画を撮るために南大隅町へ移住していますし、そこで協力隊になり、協力隊を題材にした映画を撮ることになったのも、私の中ではごく自然な流れでした。

コロナの影響で一時中断しましたが、何があっても、何年かかっても必ず仕上げるつもりでいたので、きっと他の道はなかったと思います。

──主人公の坂本香澄には、監督ご自身と重なる部分がありますか。

山下:主人公の坂本香澄は特定の人物をモデルにしたわけではありませんが、私自身も移住者であり地域おこし協力隊経験者なので、そういう意味では重なる部分もあります。

田舎で勝手に根も葉もない噂話が広まったり、地域の方から野菜をたくさんいただいたり、面倒見のいい人と出会ったりといった劇中の出来事には、私自身の実体験も含まれています。

ただ、多くのエピソードは私に限ったことではなく、全国取材の中で伺った話となっています。そのため、自身の体験を香澄に重ねたというより、取材で得られたさまざまな要素を、香澄という架空の人物の物語に落とし込んだという感覚の方が近いです。

( Chapter 03 )

「やっぱり映画の神様はいる!」と思った。

──撮影中に、今でも忘れられない出来事はありますか。

山下:本作のクライマックスに、多くのエキストラの方が参加するマルシェのシーンがあります。このシーンは作品の中でもとても大事な場面なのですが、撮影のために参加者役だけでなく、30近くの出店者の方々にも集まっていただく都合上、天候予備で土日の両日を押さえることは難しく、ピンポイントの1日が晴れるよう神頼みするしかない状況にありました。

また、撮影前の段階で最低でも200〜300人ほどのエキストラが必要になると見込んでいましたが、自力でこれだけの人を集めることはできないと判断し、町役場にも協力をお願いして町内外の方に広く参加を呼びかけていただきました。
その結果、当日は想定を大きく上回る500人以上の方が集まってくださいました。

マルシェのシーンは撮影スケジュールの終盤に予定していたのですが、クランクインした頃の天気予報では雨模様でした。もし雨が降った場合は、屋外ではなく近くの屋根付きの施設で撮影するしかなかったのですが、それでは自分が理想とするクライマックスの画にはならないと感じていたので、絶対に晴れてほしいと願っていました。

いざ撮影当日を迎えると、雲一つない空が広がっていました。「やっぱり映画の神様はいる!」と思いました。撮影の前日と翌日は天気が崩れていたのですが、マルシェの撮影日だけは晴れてくれました。

偶然としか言いようがないのですが、大事なクライマックスシーンを思い描いていた形で映画に残すことができ、この作品の未来は明るいと確信しました。今でも忘れられない一日で、とても思い出に残っています。

──大きな予算や環境が整っているわけではない中で、それでもインディーズで映画を作る理由は何でしょうか。

山下:それはやはり、今この作品を届けたいからということに尽きます。強固な後ろ盾ができ、予算も潤沢にある状態を待っていても、そもそもそんな日が来ることは基本的にありません。

多少の無理をしてでも、とにかく撮らないとその先に進めないのがインディーズの世界だと思います。本作は91分の作品ですが、撮影日数は鹿児島12日+東京1日の計13日で、メインスタッフも10名以下です。その中には鹿児島在住で映画制作未経験のメンバーも含まれています。

限られた予算、日数の中で撮り切るために最大限の力を尽くしました。天候などの都合で予定通りに撮れない日もありましたが、助監督と共に前後のスケジュールを調整しながら、作品として成立する形にしていました。

また、予算的に方言指導の方に入っていただく余裕がなかったので、鹿児島弁を話す役は全員鹿児島出身者をキャスティングし、私が標準語で書いた台本を、それぞれの出演者に鹿児島弁で読んでいただく形で撮影に臨みました。

もちろん予算があれば、その辺りも含めてきちんとやりたいという気持ちはあるのですが、今回の規模では難しかったというのが実情です。一方で、自主制作だったからこその自由さもありました。

制作面での大変さはありましたが、小規模な自主制作なので外部からの要求や意向が入ることもなく、自分たちが本当に撮りたいと思ったものを自由に撮ることができたという点では、とても良かったと思います。

ただ、プロデューサーを置かず私自身が監督と兼務していたので、撮影中も演出のことだけを考えているわけにはいきませんでした。頭の中の半分以上はプロデューサー脳で動いていたように思います。

やりがいはありましたが負担も大きく、本当は演出の方にもっと労力を使いたいという思いもありました。これは私に限らず、多くのインディーズ監督が抱えていることだと思います。

( Chapter 04 )

小さなことの積み重ねでしか、辿り着けない場所もある。

──完成した『ひとしずく』を初めて観たとき、どんなことを感じましたか。

山下:この映画が完成したのは、メインのロケ地である鹿児島県南大隅町で初上映を行う日の上映直前だったので、完成したと実感する間もなく上映を行う形となり、とても慌ただしかった記憶があります。

数年がかりで制作してきた作品をお客様に観ていただける日ということで、結構感動するのかなと思っていたのでが、実際には感極まるようなことはありませんでした。「よく仕上がったな」という思いはありつつも、それ以上に「これから上映という長い道のりが始まるぞ!」という思いの方が大きかったです。

また自分らしさが出ているという点でいうと、プロの俳優と地域住民の方々が入り混じって芝居をしている、半ドキュメンタリーのようなところがこれにあたると思います。

私の過去の作品でも、こうした手法を取り入れたことがあります。フィクションでありながら完全なフィクションにしてしまわないところが、ある意味、自分らしいと言えるのかもしれません。

ここだけは観てほしいというシーンについては、正直どれか一つを選ぶのは難しいです。作り手としては、やはり最初から最後まで通して一本の作品として観ていただきたいという思いで制作しています。

余談ですが、私は上映中にトイレに立たれる方を見かけると、「ここのシーンを飛ばして観たら意味が変わってくるから、もう少しだけ我慢して〜」と心の中で叫んでいます。

──最後に、この映画をこれから観る人へ伝えたいことはありますか。

山下:地域おこし協力隊や移住に興味がある方はもちろんですが、そういった方に限らず、地域で暮らしている方や、協力隊のことは全く知らないけれど映画が好きという方にも観ていただきたいです。

映画を観終えたあとは、小さなことを積み重ねていくことの大切さを、そっと感じていただけたら嬉しいです。コスパやタイパがもてはやされる時代ですが、小さなことの積み重ねでしか辿り着けない場所も、きっとあると思っています。

それはこの映画を通して私が伝えたいことでもありますし、私自身がそう信じていたいということでもあります。

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