俳優 尾関伸次 Interview
尾関伸次(おぜき しんじ)
1980年、岐阜県土岐市生まれ。株式会社アルファセレクション所属。2004年、テレビドラマ『大都会の女たち』で俳優デビュー。以降、NHK『新選組血風録』『半分、青い。』をはじめ、映画・テレビドラマ・舞台など幅広く活動。『半分、青い。』では岐阜ことばの方言指導も務め、2018年には故郷・土岐市の観光大使に就任した。近年は俳優業に加え、作品の企画・製作にも携わる。
大塚信一監督とは『アメリカの夢』で主演を務めて以来、映画づくりをともにし、『POCA PON ポカポン』では大楠俊一役を演じるとともに、企画・共同プロデューサーとして作品を支えた。2025年より株式会社アルファセレクション代表取締役社長を務めている。
( Chapter 01 )
大塚信一監督との出会い。
──大塚信一監督との最初の出会いを覚えていますか。最初に大塚監督と出会ったとき、どんな人物、どんな映画をつくる人だと感じましたか。
尾関伸次(以下、尾関):大塚信一監督との出会いは2009年の冬でした。私が主演した、いまおかしんじ監督『イサク』(DVDタイトル『罪』)を観て、自分の作品に出てほしいということで、脚本を持って事務所に来たんです。
都内では珍しい大雪の夜に、アポなしで。事務所のスタッフから「怪しい人が雪の中、事務所に訪ねてきた」と(笑)連絡が入りました。
そんな人間がいるのかと驚きましたが、長い付き合いの中で気づくんです。「あ、監督のあのときの行動は通常運転だったんだ」と。それが彼にとってはフツーなんだと。でも、ガツガツしているのとは何か違う。隙や欠点が無数にあるけど、許してしまう。不思議な人間です。
それも大塚監督の魅力の一つであり、それが作品の中に流れているのだと思います。クセになる、何度も観たくなる映画のように。
──『アメリカの夢』では尾関さんが主演を務めています。当時、大塚監督とどのように作品をつくっていったのでしょうか。
尾関:手探りながらも準備段階から一緒にやっていたので、楽しかったですね。
一緒に原宿へ衣装のTシャツを買いに行ったり、付き合いたてのパートナーみたいでしたね(笑)。『ポカポン』ではさらに深く関わり、お互いに楽しいだけじゃない苦労も共にしたので、今回、パートナーから晴れて(?)夫婦になりましたね。
『アメリカの夢』は『ポンヌフの恋人』をめちゃくちゃ意識していましたよね。特にラストの花火のシーン……思いっきり監督も自分も酔っていますよね。(恥ずかしい!)
さらに自分はドニ・ラヴァンを意識して、クランクインの日に勝手に頭を丸め、事務所の社長に思いっきり怒られたという。
痛い奴らでした……。その痛みの共有があったからこそ、『ポカポン』につながっているということにしています。
( Chapter 02 )
出演するだけではなく、支える側へ。
──なぜ『POCA PON ポカポン』では、「出演するだけ」で終わらなかったのでしょうか。
尾関:個人的な話になりますが、『ポカポン』の話を監督から持ちかけられた頃、自分の事務所の後輩たちが作るデモリールなど、小規模なもので現場の責任者をやることが多くなっていた時期だったんです。
今はご縁があり事務所の代表となりましたが、自分だけではなく、誰かを支える側の楽しさを感じるようになっていました。そのタイミングでの監督からのお話だったので、割と当たり前のように引き受けた気がします。
そもそも『アメリカの夢』を共にした大塚監督からの話だし、苦しくなるのは目に見えていたので(笑)覚悟はできていました。
──一本の映画を成立させるために、俳優には見えない場所でどんなことをしていましたか。「これは本当に映画になるのだろうか」と思ったことはありましたか。
尾関:自主映画的にスタートしたものの、気づけばいろいろな人が関わってくれて、話が大きくなり始めたので、一番の不安は資金面でした。
でも不思議と、大塚監督と一緒にやる中で「これは本当に映画になるのだろうか」と思ったことは一度もなかったです。
それ以外で、特にこれといって監督を支えたということはないような気もしますが、監督がラーメン屋勤務で動けないことは分かっていましたので、舞台挨拶への参加など、公開後のフォローはあるだろうなと予想はしていました。
ただ、自分自身も関わった作品を観てくださったお客様から直接感想を聞ける機会は大切にしたいので、今も楽しくやらせてもらっています。
──製作側として映画全体を知っていることは、俳優として武器になりましたか。それとも邪魔になりましたか。
尾関:特に邪魔になることはありませんでした。
山崎ハコさんが演じる豊島さんとは意図的に顔を合わせないようにしていましたが、顔を合わせずに済むようなスケジュールを組んでくれましたし、何も気にせず演技に集中することができました。
制作の手伝い的なこともしていましたが、それも駿一の行動と重なる部分もあり、問題は全くありませんでした。むしろ、作品を一緒につくるという経験ができたことに感謝しています。
( Chapter 03 )
命を終えるまで、ただ彷徨い続ける。
──大楠俊一を、どんな人間だと考えていましたか。
尾関:許されざる罪人ということ以外に、大楠という人間が一体何なのか、自分自身、今もはっきりとは分かりません。
一つ言えるのは、彼は人間として今後、許されることも、彼自身が成長していくこともないと思っています。
ずっとこのまま、命を終えるまで、ただ彷徨い続ける存在なのかもしれません。
今まで演じた役の中で、一番難しかったです。
──駿一は、健太にどのような思いで接していたのでしょうか。駿一自身の置かれた立場も踏まえて、演じる際に意識したことを聞かせてください。
尾関:自分は本来ここにいるべき存在ではないと常に思い、演じていました。
なので健太君には、せめてこの世界が明るいものであってほしいと考えて接していました。
──原田琥之佑さんとの芝居で、「これが駿一と健太の距離なんだ」と感じた瞬間はありましたか。
尾関:監督の撮影プランの中に、一緒の空間にいるのに、大楠と健太をラストシーン以外は同一フレームに入れないというルールを提案されました。
ですので、それこそが二人の距離感だと撮影前から分かっていました。その不思議な距離感のまま、撮影が進んでいた気がします。
( Chapter 04 )
違う世界線でつながる「大楠」を観たい。
──10月、名古屋・シネマスコーレで『アメリカの夢』と『POCA PON ポカポン』が上映されます。二本をいま続けて観たとき、大塚信一監督の映画は何が変わり、何が変わっていないと思いますか。
尾関:『アメリカの夢』も『ポカポン』も「大楠俊一」という役名なので、すでに自分の中では特別なんです。
『アメリカの夢』に出てくるキーパーソンのおじさん(演・なかみつせいじ)は「モナド教」という新興宗教の元・教祖様で、今はホームレスをやっているという、「大楠俊一」に大きな影響を与える存在です。
『ポカポン』でも同じように、大楠が神について語るシーンがあり、健太君に影響を与える。
大塚監督は、説明のつかない未知なるモノ、チカラ、事件、出来事と、それに交わる人間との関わりや感情を大切にしているような気がします。
それは『アメリカの夢』『横須賀綺譚』『ポカポン』すべてに、大塚監督の変わらないものとして流れています。
──これからも、「俳優」と「映画を成立させる側」の両方でいたいと思いますか。また大塚監督と映画をつくるとしたら、どんな形で参加したいですか。
尾関:これからも、興味を持った作品には立場に関係なく参加していくスタンスは変わりません。
大塚作品では今後、どんな作品、どんな役であろうとも「大楠」という役名で参加したいというのが、一つの野望です(笑)。
違う世界線でつながる「大楠」を観たいと思いませんか?


