【REVIEW 01】『劇情』映画評|「持たない」ことの心地よさ(菜梨みどり)

世界は、「何かを持っている者」と「何も持っていない者」。
その二者に分かれると思っていた。

そして聞かれる。

「夢はありますか?」

この問いに、すぐに答えられる人はどのくらいいるのだろうか。

夢、目標、情熱、個性。

就活をしていると、まるで最初からそれらを持っていることが前提のように質問される。

『劇情』の主人公・井上彩には、それがない。

何かができないわけではない。むしろ周囲からは「何でもできる」と言われてきた。

けれど、いざ就活が始まると、「何がしたいのか」「自分にはどんな個性があるのか」と問われるたびに、答えが見つからない。

何でもできるのに、何がしたいのかは分からない。

そんな自分は、どこか間違っているのではないか。

就活がうまくいかないことも重なって、彩は少しずつ焦りを募らせていく。

しかも、すぐそばには自分とは正反対の人がいる。

キャンプ仲間の田島健吾だ。

健吾には、映画監督になるという夢がある。

映画を撮りたい。作品を作りたい。そのために人を集め、動き、夢に向かって進んでいる。

自分には何もないのに、彼には明確な目標がある。

その違いを見れば見るほど、彩の中で「夢がない自分」への違和感は大きくなっていく。

夢がない。
やりたいことがない。
情熱を注げるものもない。

そんな自分には、生きている意味さえないのではないか。

「何者かにならなければ」という空気の中にいると、人は意外と簡単に自分を追い込んでしまう。

やがて彩は、健吾の自主制作映画を手伝うことになる。

エキストラとして撮影に参加する中で、彼女の耳に入ってくるのは、何気ない会話だ。

「通行人も主役」

その言葉が、彩の中に残る。

映画の中の通行人には、名前がない。

特別な台詞があるわけでもない。

画面の端をほんの一瞬横切るだけかもしれない。

それでも、その人がいることで、そこに街が生まれ、世界ができあがる。

そして、どこにフォーカスするかによって、誰が主役になるかも変わる。

エキストラたちの「みんな違って、みんな個性がある」という言葉も、彩の中にあった「普通とは何か」「個性とは何か」という疑問を、少しずつ揺らしていく。

全員が分かりやすい個性を持つ必要はない。

全員が何者かになる必要もない。

誰かに説明できるような夢がなくても、そこにいていい。

撮影中には、もうひとつ印象的な場面がある。

ゾンビ役としてぼんやり立っている彩を、健吾が見つめる。その瞬間、映像はスローモーションに切り替わる。

やがて彩が健吾に噛みつき、彩の顔は血しぶきにまみれる。

私は、この場面が健吾の「映画への情熱」を表しているように感じた。

エキストラの彩と、監督の健吾。

同じ場所に立っていても、ふたりが見ている景色はまるで違う。

撮影後の打ち上げでも、それは続いていく。

ふたりの見ている景色が交わることはなかった。

映画を完成させた健吾や制作チームは、達成感に包まれている。

みんな楽しそうで、キラキラしている。

その様子に違和感を覚える彩。

映画に関わった一人のはずなのに、どこか居心地が悪い。

彩はきっと、その瞬間、自分の中にあった違和感の正体に気づいたのだろう。

私は、このシーンがとても印象に残った。

ここで彩が何かに目覚め、夢を持てなかった主人公が、映画制作を通して新しい目標を見つける。

そんな王道の青春映画にもできたはずだ。

でも、『劇情』はそうしない。

カウンター席でふたりになった健吾は、彩に「このまま映画のスタッフになる?」と問いかける。

彩は、笑顔で「私はいいや」と答える。

この一言がいい。

その瞬間、彩はようやく、自分にとって心地いいあり方を見つけたのではないかと思う。

世界には、「何かを持っている者」と「何も持っていない者」という二者がいるのだと思っていた。

でも、そうではない。

いるのは、「持たない者」と「持ちたい者」なのだ。

自分は今、持たない者として生きていたい。

その心地よさを、ようやく見つけたのだと思う。

持ちたくないなら、持たなくてもいい。

夢を持つことを望まない人もいる。

何者かになりたいと思わない人もいる。

それは欠落ではない。

もちろん、いつか何かを持ちたくなる日が来るかもしれない。

そのときに、持ちたい者になればいい。

持たない者は、いつだって持ちたい者にもなれる。

だから今、何も持っていないことに罪悪感を抱かなくていい。

そして、もうひとつ。

映画の中では、名前も台詞もない「通行人」がいる。

けれど、どこにカメラを向けるかで、誰が主役になるかは変わる。

『劇情』がカメラを向けたのは、夢を追いかけて輝く健吾ではなく、何も持たない自分に居場所を見つけた彩だった。

夢がなくてもいい。
目標がなくてもいい。
情熱がなくてもいい。

何者でもない自分を、無理に何者かにしなくてもいい。

今日も明日も、「持たない者」として自分らしく胸を張って生きていく。

自分の人生では、自分が主役なのだから。

(菜梨みどり/映画ライター)

映画『劇情』は、2026年9月19日(土)よりK’s cinema《2日間連続満席達成》×10月2日(金)まで拡大公開決定! 大阪はシアターセブンで10月10日(土)より公開!

Written by

菜梨みどり

ライター/編集者
「NO MOVIE NO LIFE.」を掲げ、映画を軸に、演劇・ミュージカル・美術など幅広い文化分野で執筆・企画・編集に携わる。現在はCinemagoにて、映画評などの執筆に加え、作品やブランドの見せ方を考えるプロモーション設計にも携わる。