【REVIEW01】『劇情』映画評|夢をみたすべての人へ寄り添う青春映画

本作の監督・比嘉一志は、自身が生まれ育った豊田市を舞台にした初の中編作品『焦げ。』(2019)で、第14回田辺・弁慶映画祭に入選した。自身の経験を反映させた青春群像劇を得意とし、その後も、観る人の心に静かに寄り添うヒューマンストーリーを生み出している。

初の長編監督作『光る校庭』(2022〜2023年公開)では、安達祐実らが出演。横濱インディペンデント・フィルム・フェスティバル長編部門最優秀賞、第21回中之島映画祭グランプリを受賞するなど、各地のインディーズ映画祭で高い評価を得た。

その比嘉監督が、東京・千葉を拠点に活動するロックバンド・Souvenirの楽曲からインスピレーションを得て、原作・脚本・編集まで手がけて生み出したのが『劇情』である。

主人公の井上彩を演じるのは中野歩。

彩は、将来なりたい自分の姿を見つけられないまま、就職活動に苦戦している女子大学生だ。

就活が思うように進まないなか、サークル仲間に誘われ、映画づくりを手伝うことになる。撮影に関わるうち、彩は少しずつ、一つの作品をみんなでつくり上げていく楽しさを知っていく。

そんなある日、彩は撮影に参加しているエキストラたちに、こんなことを尋ねる。

「せっかく出演するなら、主役や俳優を目指さないでいいんですか?」

返ってきたのは、

「世の中は、通行人がいないとダメなんだよ」

という言葉だった。

その一言に、彩は衝撃を受ける。

そして同時に、どこか心が軽くなる。

これまで自分の外側にあった「こうあるべき」という価値観から少し離れ、初めて自分自身と向き合い始めるのだ。

『劇情』には、就職活動の失敗や、そのときに感じる焦り、劣等感、不安といった感情が、実に生々しく描かれている。

かつて就活を経験した人なら、自分自身のほろ苦い記憶を思い出す場面もあるのではないだろうか。

就職活動には、ときに残酷な「選ばれる/選ばれない」という構造がある。

採用される者と、されない者。

順調に次の道へ進んでいく者と、その場に取り残されたように感じる者。

そこには、簡単に「勝者」「敗者」と分けることのできない一人ひとりの人生がある。

けれど、当事者にとっては、その結果が自分自身の価値まで決めてしまったように感じられることもある。

一度つまずいたことで、自信を失い、その後の人生設計そのものまで揺らいでしまうこともあるだろう。

観客としては、つい彩にも「勝者」になってほしいと願ってしまう。

しかし、比嘉監督が彩に託したものは、もっと別の答えだ。

それが、

「世の中は、通行人がいないとダメなんだよ」

という言葉である。

映画には主役がいる。

けれど、主役だけでは映画は成立しない。

画面の奥を歩いている人。名前も与えられず、物語の中心には立たない人。

そうした「通行人」がいることで初めて、そこに世界が生まれる。

それは映画の話であると同時に、社会そのものの話でもある。

誰もが何者かにならなければならないわけではない。

誰もが夢を持ち、それを実現しなければならないわけでもない。

名前の知られた存在にならなくてもいい。

それでも、自分の人生を自分なりに生きることには意味がある。

『劇情』が優しいのは、そこで「夢なんか必要ない」と言い切らないところだ。

比嘉監督は、

「夢のある人も、ない人も、それぞれの日々に何かを感じていただけたら嬉しい」

そして、

「夢を持つことはとても素晴らしいことだが、人から指示されて持つものでは決してない」

と語っている。

夢を追う者を否定しない。

同時に、夢を持たない者も否定しない。

この両方の立場を同じ距離から見つめていることが、『劇情』という作品の大きな魅力なのだと思う。

私たちは、知らず知らずのうちに「夢を持つこと」を善いことだと考えてしまう。

子どもの頃から「将来の夢は何ですか」と聞かれ、学生になれば「何になりたいのか」と問われ、就職活動では「何を実現したいのか」を語ることを求められる。

けれど、人間はいつも明確な夢を持って生きているわけではない。

何をしたいのか分からない時間もある。

迷いながら歩いている時間もある。

何者にもなれない自分に焦りながら、それでも日々を生きていかなければならない時間もある。

『劇情』は、そんな時間を否定しない。

むしろ、そこに生きている人間の姿を丁寧に見つめている。

タイトルの『劇情』にも、いくつもの意味が重なっている。

その由来となったのは、ロックバンド・Souvenirの同名楽曲だが、「激情」という激しく揺れ動く感情を想起させる一方で、「劇」という文字からは、若者たちそれぞれが生きる人生そのものを一つのドラマとして見ることもできる。

主役がいて、脇役がいる。

そして、その後ろを通り過ぎる通行人がいる。

けれど人生では、誰もが自分自身の物語を生きている。

『劇情』は、「自分が人生の主役になる」という強い物語を描いているわけではない。

むしろ、

主役でなくてもいい。
夢がまだ見つからなくてもいい。
それでも、自分の人生を、自分なりに生きていけばいい。

そんな小さな肯定を、観客のそばにそっと置いていく映画である。

夢を追いかけている人にも。

まだ夢を見つけられない人にも。

そして、かつて夢をみたことのあるすべての人にも。

『劇情』は、静かに寄り添ってくれる青春映画だ。

(星野しげみ/映画ライター)

Written by

星野しげみ

Cinemago 第六広報戦術室・記録官
滋賀県出身。元陸上自衛官。現役時代はイベントPRなどの広報業務に携わる。退職後、専業主婦を経て、以前から好きだった「書くこと」を本格的に追求。2020年より映画メディア「Cinemarche」で記事執筆・編集に携わり、現在も映画や人について言葉を紡ぎ続けている。

読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されると劇場へ足を運び、活字で想像していた世界が映像へ変わる瞬間を楽しんでいる。