【REVIEW02】『劇情』映画評|誰もが主人公で、誰もが誰かの通行人

『焦げ。』(2019)、『光る校庭』(2022~2023)で数々の映画賞を受賞し、高い評価を得てきた比嘉一志監督。

彼がロックバンドSouvenirの楽曲に着想を得て、等身大の青春劇を立ち上がらせたのが本作『劇情』だ。

就職活動がうまくいかずに自分を見失いかけている女子大生・彩と、夢をまっすぐに追い求める男子学生・田島を鮮烈に映し出す一作である。

数々の映画・舞台で活躍する中野歩と、Huluオリジナルドラマ『十角館の殺人』で見事な怪演を見せた小林大斗が、彩と田島をそれぞれ演じる。

就活経験のある人なら、本作を観てきっと苦い思い出がよみがえることだろう。

ひたすら自分に向き合い、大人を相手に必死で自らを売り込まねばならないプレッシャー。何度も不合格の烙印を押され、否定され続ける苦しみ。

若者にとってはハードな体験だ。就活は、社会に出る前に多くの若者が経験する厳しい洗礼のひとつともいえる。社会に出た先にも、評価されたり、否定されたりする経験は待っている。

周りが次々に内定をもらっていく中、自分の存在価値さえ疑いかねない。そんな初めての経験に、彩も大きな不安の渦に飲み込まれそうになっていく。

「誰か助けてほしい。」そんな切実な思いに応えるのが本作『劇情』だ。

ラストを迎えても、器用貧乏の彩自身も、彩を取り巻く世界も、何も変わることはない。

変わるのは彩の心の中だけ。彼女の心の持ちようだけだ。

それだけが世界をがらりと変えるただ一つの道であることを、本作は淡々と映し出す。

夢を持てずに悩む彩の隣にいるのは、映画監督になるという大きな夢に向かって突き進む田島だ。

プロの現場のインターンに参加したり、自主映画の監督を務めたりと、若いエネルギーを最大限に使い切っている大学生である。

そんな彼から、「夢とかなくて楽しい?」と問われた彩は、さらに追い詰められていく。

気が利いて適応力の高い彩をとても高く評価していた田島は、彼女を映画制作の手伝いに誘う。

田島に導かれて、未知の世界を垣間見る彩。買い出し、音声、果てはエキストラのゾンビ役まで、さまざまな仕事を日替わりで担うこととなる。

彩は田島の期待を軽々と超えるほどの有能ぶりを現場で発揮する。

鋭い観察力、頭の回転の良さ、細やかな気働き。彩は社会で誰より重宝されるに違いないタイプだ。

自己アピールが得意ではないゆえに就職先を見つけられずにいる彼女の現状は、あまりにリアルである。

どんより曇っていた彼女の目を覚ましたのは、生き生きとしたエキストラたちの言葉だった。

「通行人も主役!」

ここで、某有名演劇マンガの印象的な一場面を思い出す。通行人の役を指示された主人公が、その人物の年齢や状況まで想像し、一人の人間として演じ切る場面だ。

劇中では「通行人」という言葉でひとくくりにされる存在であっても、実際にはどんな人にもドラマがあり、背景がある。

エキストラの「個性のない人なんていない」という言葉通り、誰もがそれぞれの人生の主人公であり、唯一無二の存在だ。

しかし、日常の中でいつの間にか端役に追いやられることに慣れ、自信をなくしていく人は多いことだろう。

私たちは誰もが主人公であると同時に、ほかの誰かの脇役を務め、あるいは通りすがりの通行人の役割を果たすこともある。

その時々で役割をくるくると変えながら、世界と深くつながっているのだ。

メロディだけではハーモニーは生まれない。たった一人で雑踏を表現することは困難だ。

彩はその真理に気づく。

どんな時も自分を信じて、自分だけのやり方で自分の道を歩み続けること。

ほかの誰かと比べて焦ったり、より早く進むための近道を探したりする必要はない。

遠回りも近道もない。傷つきながらも諦めず、一歩一歩進むこと。今日の先にしか未来はつながっていないのだ。

困難を乗り越えて歩む中で、長所も強みも徐々に培われていくことだろう。

夢を見つけられる者と、見つけられない者がいる世界。しかし、夢とは、歩む道の先に自然に見えてくるものなのかもしれない。

彩はそう気づく。

そうして小さな夢を一つずつ見つけて叶えるうちに、予想すらしなかった大きな夢に手が届く可能性もある。

「私を守ってやれるのはただ 私一人だけ」

「私が主役になる 独りだけで笑えるような エンディング」

Souvenirの歌う『劇情』の歌詞が自然と心に浮かんでくる。

爽快なラストには、インスピレーションの源となった曲と映画が確かに溶け合った感動がある。

彩はまだしばらく就職活動に苦労することだろう。彼女も、彼女の世界も、そう簡単には変わらない。

しかし、自分の居場所を“主役”にだけ求める必要がないことを知った彩は、以前とは違う景色を見ている。

夢を持つことができずにいる彩は、実は多数派であり、私たちの代表でもある。

夢を持っていなくても、満たされた人生を送る道はあるのだろうか。

いつの間にか、その問いの答えを求める気持ちで彩を見つめていることに気づく。

その答えを、映画は決めつけない。

彩のこれからを観客の想像に託して、本作は幕を閉じる。

谷川裕美子/映画ライター)