Demachi Notes 008|見えないお金

会社をやっていると、
毎日のようにお金を見る。

売上。

請求書。

振り込み。

家賃。

人件費。

借金。

そして、
銀行口座の残高。

数字というものは、
世界の共通言語であり、
実に正直である。

映画館が満席になれば、
数字が動く。

興行成績があまりよくなくても、
多少なりとも、
やっぱり数字は動く。

だから経営というものは、
結局のところ、

数字という怪獣カネゴン、

あるいは、
ボクが勝手に名づけた
ゼニゼニ宇宙人から、

逃げることができない。

もっとも、

ボクは子どもの頃から、
算数が嫌いなのだけれど。

けれど仕事には、

「見えるお金」と、
「見えないお金」がある。

不思議に思うのは、

帳簿には載らないお金が、
世の中にはずいぶんとあることだ。

たとえば、

一本の映画を公開する。

インディーズ映画の監督が、
映画館の入り口でチラシを配る。

スタッフが、
SNSをまめに更新する。

誰かが知人に声をかける。

映画館のアルバイトさんが、

少しだけ目立つところに、
弊社配給作品のポスターを貼ってくれる。

観客が、

「面白かったよ。」

と、別の誰かに話してくれる。

そのひとつ、ひとつに、
値札はついていない。

けれど、

それらがなければ、

映画というものは、
スクリーンに映しただけでは、
人の心まで届かない。

たとえば、

お金を払って掲載した広告より、

映画を観てくれた誰かが、
SNSに書いたひと言の感想のほうが、

観客が映画館へ足を運ぶ、
きっかけになることだってある。

では、

そのひと言は、
いくらなのだろう。

たぶん、

数字にはできない。

計算もできない。

仕事をしていると、

こういう「見えないお金」に、
いくらでも出会う。

信用もそうである。

「あの人なら大丈夫。」

そう言ってもらえるまでには、
何年もかかる。

けれど、

その信用に、
請求書は出せない。

逆もある。

約束を破る。

返事をしない。

やると言ったことを、
やらない。

その瞬間、

銀行口座から一円も減っていないのに、
実は何かを失っている。

これも、

「見えないお金」なのだと思う。

人と人との間には、

目には見えない通貨が、
流れているのかもしれない。

信用。

時間。

気遣い。

恩義。

期待。

そして、

「また一緒に仕事をしたい。」

という気持ち。

どれも、

貸借対照表には載らない。

けれど会社が苦しいとき、

最後に会社を支えてくれるのは、

案外、
こういうものだったりする。

もちろん、

ここを美談にしてはいけない。

「気持ちが大事だから。」

と言って、

誰かをタダで働かせていいわけではない。

仕事には、
正当な対価が必要である。

請求するものは、
きちんと請求する。

払うべきものは、
きちんと払う。

そこを曖昧にして、

「人情」だの、

「夢」だのと言い始めたら、

「見えないお金」ではなく、

「見せないお金」に
なってしまう。

映画の世界では、

この二つが時々、
ごちゃ混ぜになる。

夢は大切である。

でも、

夢だけでは、
家賃は払えない。

これは、

かなり残酷だが、
本当である。

だからこそ、

「見えるお金」と、

「見えないお金」。

どちらも、
大切にしなければならない。

売上をつくる。

経費を払う。

利益を残す。

それと同じように、

信用を残す。

感謝を残す。

人との縁を残す。

そして、

次に誰かが困ったとき、

「しょうがないな。」

と言いながら、

手を貸してもらえる人間でいる。

会社というものは、

お金だけでできているように見えて、

案外、

お金では買えないもので
できている。

銀行口座には、

今日も残高が表示されている。

できれば、

たくさんあったほうがいい。

これは間違いない。

けれど、

そこには表示されない残高もある。

誰かから受け取った恩。

誰かと積み重ねた信用。

誰かがくれた時間。

そして、

まだ返していない感謝。

それらもきっと、

ボクの人生の口座にも、

河合くんの人生の口座にも、

静かに残っている。

残高照会は、

できないけれど。

心のどこかにある、

ブタさんの貯金箱には、

今日も、

「見えないお金」が、

ブヒブヒしている。

———
MITSUNORI DEMACHI
株式会社ゆかし 代表取締役