俳優 工藤奈々 Interview
工藤 奈々(くどう なな)
俳優。幼少期から舞台に親しみ、浅香光代との出会いを経て芸能活動を開始。中国・上海への留学経験を
持ち、中国語を習得。俳優として活動する一方、携帯小説投稿サイトでランキング1位を獲得し、2冊の出
版も経験している。現在はショートドラマの脚本執筆にも取り組む。映画『耳袋夜噺』収録の美濃良偲監
督作「手毬の少女」では、テレビ番組の制作に携わる林綾乃役を演じた。海外での経験を通じて培った、
人間を先入観なく見つめる姿勢を大切にしている。公式Instagram 公式X
( Chapter 01 )
3歳の頃にかけられた言葉。俳優への道は、そこから始まっていた
── 工藤さんは映画鑑賞がお好きだそうですね。最初に映画に夢中になったのは、いつ頃だったのでしょ
うか。子どもの頃の思い出とあわせて聞かせてください。
工藤奈々(以下、工藤):映画との出会いは小学6年生の頃でした。レオナルド・ディカプリオが大好きで、彼の出演作品をよく観ていました。特に好きだったのは『バスケットボール・ダイアリーズ』(1995年)です。
子どもの頃は、大人になった今よりも比較的冷静で、大人びた子どもだったと思います。
── 小学6年生で『バスケットボール・ダイアリーズ』というのも、なかなか渋い映画体験ですね。一方で、俳優という仕事との出会いは、さらに幼い頃だったそうですね。
工藤:幼い頃から舞台などを観る機会が多く、故・浅香光代先生にお会いする機会もありました。3歳の頃に先生から「芸能界に入ってみるかい?」と声をかけていただいたことが、小学生になってもずっと心に残っていたんです。
そして小学6年生のとき、受験が終わったタイミングで浅香先生のもとでお世話になることにしました。
俳優を目指す決定的なきっかけがあったわけではありませんが、不思議と幼い頃から、俳優以外にやりたいと思える仕事が見つかりませんでした。
( Chapter 02 )
上海留学、小説の執筆。人間を知ることは、物語を知ること
── 工藤さんは中国・上海への留学経験があり、中国語も習得されています。異なる文化の中で暮らしたことは、人間の見方や、俳優としての役づくりにも影響しましたか?
工藤:中国への留学で異なる文化に触れたことで、自分自身が大きく変わったという感覚は、そこまでありませんでした。
ただ、日本で抱かれがちな中国のイメージと、現地で出会う人々の姿はまったく違うのだと感じました。
俳優として人物を演じるうえでも、先入観や「こうあるべき」という固定観念を持たずに向き合うことを、より意識できるようになったと思います。
── 実際に出会った人間を、先入観で決めつけない。それは役を演じるうえでも大切なことですね。もう一つ興味深いのが、小説を書かれていたことです。携帯小説の投稿サイトでランキング1位になり、2冊の出版経験もお持ちだそうですね。「書くこと」と「演じること」は、工藤さんの中でどうつながっていますか?
工藤:共通しているのは、一人の人間の人生をつくり上げていくという部分だと思います。一方で、文字で人物を描くことと、自分自身がその人物を表現することには、大きな違いがあります。
現在は不定期でショートドラマを撮影しており、その脚本を書くこともあります。小説についても、生きている間にもう一作品は書きたいと思っています。
( Chapter 03 )
怖い脚本と、和やかな現場。『手毬の少女』の舞台裏
── ここからは『耳袋夜噺』「手毬の少女」について伺います。心霊番組のロケで廃校を訪れた一行が、謎の少女に翻弄されていく物語ですが、まずは出演の経緯から教えてください。脚本を初めて読んだときの印象はいかがでしたか?
工藤:オーディションの募集を見て応募しました。
脚本を読んだ段階ですでに怖くなってしまったのですが、その分、物語の情景がとてもイメージしやすく、ワクワクしたのを覚えています。
── 脚本を読んで怖くなった、というのはホラー映画としては頼もしい反応ですね。今回演じた林綾乃は、どのような人物として捉えましたか?
工藤:自分とはまったく違う人物だったので、まずは責任感の強い人物像を意識し、番組を制作する側の価値観や考え方について少し勉強しました。
演じた林綾乃という人物は、共通点が本当に見つからないほど、私とは異なるキャラクターでした。
── 美濃良偲監督は、脚本と撮影も自ら手がけています。実際にご一緒して、どんな監督だと感じましたか? また、廃校での撮影ということで、現場にも怖い雰囲気があったのでしょうか。
工藤:美濃監督は、あらゆる場面で気遣いをされる方だという印象でした。初めてお会いしたときには、なぜか直感的に「天才的な方だな」と感じたんです。
現場にはスタッフの皆さんとの一体感があり、ホラー映画の撮影とは思えないほど和やかで、思いやりにあふれていました。共演者の皆さんも良い意味で自然体で、お芝居の中でも役に入りやすい関係でした。
学校内に少し怖い張り紙が貼ってあって、私が「怖そうだけど見てみようかな」と近づいたら、ナナエさんに「こういうのは見ちゃダメ!」と止められて、思わず笑ってしまったこともありました。
── 映画の中では恐ろしい廃校も、撮影現場では思わず笑ってしまう出来事があったんですね。工藤さんご自身は、ホラー映画のどんなところに怖さや面白さを感じますか? また、「手毬の少女」の見どころも教えてください。
工藤:ホラー映画の怖さや面白さを感じるのは、物語の中で、登場人物本人さえ気づいていない感情が浮かび上がるような描写に出会ったときです。
『手毬の少女』は、王道の「THE・ホラー」を感じられる作品だと思います。
実際に演じてみて、「もし本当にこの現場でこんなことが起きたら……」と想像する怖さもありました。ご覧になる皆様にも、それぞれの登場人物の目線になって楽しんでいただけたら嬉しいです。
( Chapter 04 )
旅の先で見つけた「幸せの本質」。そして、次に演じたい人間の闇
── 工藤さんの趣味には、海外旅行のほかに、スラム街巡りや海外の危険地帯の研究なども挙げられています。なかなか珍しい関心だと思いますが、何がきっかけだったのでしょうか。実際に訪れた土地で、忘れられない出来事はありますか?
工藤: しばらく前に、私自身がブラジルに興味があり、インターネット検索していた際に、目を止めたブラジル映画『Última parada 174』(2008年)を、2015年にDVDを購入して観たことがキッカケで、スラム街や海外の危険地帯に興味を持つようになりました。
フィリピン・マニラのトンド地区を訪れたとき、明日を生きることさえ大変な子どもたちがたくさんいました。そんな中、道端で声をかけた女性にミサへ連れて行っていただいたことがあります。
お金がなく、明日も大変かもしれない。それでも笑顔にあふれている人々の姿を見て、「幸せの本質とは何だろう」と考え直すきっかけになりました。
── 上海で出会った人々も、マニラで目にした光景も、実際にその場所へ行かなければわからないことがありますね。そうした経験を重ねてきた工藤さんが、これから俳優として挑戦したい役柄はどのようなものでしょうか。そして、最後に『耳袋夜噺』をご覧になる方へメッセージをお願いします。
工藤:これからは、サイコパスのような人物や、人間の闇を全面に出すような役、個性の強い役柄に挑戦してみたいです。
また最近は、いつか私自身が出版した小説を映像化してみたいとも思うようになりました。
『手毬の少女』をご覧になった皆様、そしてこれからご覧になる皆様へ。ホラー作品なので怖さはありますが、一人ひとりのキャラクターにもぜひ注目していただけたら幸いです
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